新型コロナウイルスの影響で、「仕事」や「就職」に対する考え方が大きく変わりつつある。不況に強いと言われる理系学部、中でも「工学」は、アフターコロナの時代にどのような役割が求められるのか、中島 章教授(東京工業大学 物質理工学院)に聞いた。

常に人間を中心において

ー工学とはどんな学問でしょうか?

工学と同じく自然科学を対象とする学問に理学があります。高校生から工学と理学の違いを聞かれることがよくあります。そんな時、私はいつも「理学は、自然の理を明らかにする“窮理”に重きを置いた学問。工学は、サイエンスを使って人を幸せにするための学問」と答えています。

工学は、常に人間を中心において、そこに向かってサイエンスを適用することで今までなかったもの、今までより良いものを生み出して人間を幸福にすることが目的です。工学には、電気、化学、材料、建築、機械などの分野がありますが、その目的の中心に人間がいることはどの分野でも変わりません。そこが「理学」との大きな違いです。

ーこの数カ月で社会や私たちの生活は大きく変わりました。「工学」への影響はどのようなものになるでしょうか?

新型コロナウイルスの影響は社会のあらゆるところに及んでいますね。大学での学び方も、遠隔授業を取り入れるなど変化を余儀なくされています。しかし「サイエンスを使って人間を幸せにする」という工学のあり方やその目的は、新型コロナウイルス後の世界でも変わらないと私は考えています。ただし、新型コロナウイルスの影響で社会が変化したことで、「科学技術」に求められる役割も、これから変化していくと予想しています。

 

「予知」「予測」を担う学問に

ー役割はどのように変化するとお考えでしょうか?

「予知」や「予測」という役割が、これまで以上に重要になってくると考えています。

現在、新型コロナウイルスの感染拡大を抑制する手段として、治療薬やワクチンの開発が進められていますが、実用化までは少なくとも1年は必要だろうと言われています。その間を持ちこたえるために我々が取れる対策は、手洗い・うがい・換気という、19世紀の人たちと何ら変わらないことだけです。

未知のウイルスによるパンデミック(感染爆発)の可能性は、以前から世界中の研究者により指摘されていましたし、MARS、SARS、新型インフルエンザなどのパンデミックが繰り返し起こっていました。そして現在、新型コロナウイルスの感染拡大が起き、その対策としていかに感染者を隔離するか、移動を抑制するかという対応が行われ、ワクチンや治療薬の開発が進んでいます。しかし、私たちがこれまで研究に取り組んできた技術にも、感染拡大を抑制できる力があります。今後はそんな力への期待が高まってくるでしょう。

おすすめ!工学分野を学べる大学(大学名を押すと詳細に飛ぶよ!)

神奈川工科大学(神奈川) 工学部/創造工学部
千葉工業大学(千葉) 工学部/創造工学部/先進工学部
埼玉工業大学(埼玉) 工学部

 

新型コロナウイルス感染防止対策にも

ーそれはどのような力でしょうか?

例えば、私が取り組んで来た「抗ウイルス材料の開発」という技術はその一つ。災害時に設置される「避難所」は、「密」になるためウイルスの感染が心配されます。しかし、抗ウイルス材料技術を「段ボール」や「避難所の壁」などに適用することができれば、感染拡大を抑制することができ、安心して過ごせる環境が実現できます。

私たちが生み出してきた技術を活用して災害の被害を予防したり、ウイルスの感染拡大を予防するーー。今後の「工学」には、そういう役割がより強く求められるようになると考えています。

ー研究のスタイルも変わるのでしょうか?

すでに変化は起きています。かつての材料分野の研究は、既存の材料を組み合わせることで、期待した結果が出ればOK。ダメなら他の材料で、というスタイルでしたが、今ではコンピュータを利用したマテリアル・インフォマティクスにより、事前に物質特性を高精度に計算したり、人工知能などを活用することで、あらかじめ結果を予測したうえで研究・開発に取り組むという手法にシフトしています。

ー結果が予測できると。

とは言え、必ず予測通りの結果が出るわけでもありませんし、全く予測しなかった結果が出て、大きな成果につながる、ということもしばしば起こります。取り組んでいる中で、そういう驚きに出会えるという事も、大学や大学院で研究を行う醍醐味ではないでしょうか。

自分の頑張りが、人間を幸せに

ー「工学」を志す高校生の皆さんへのメッセージをお願いします。

「工学」はサイエンスを活用して人間を幸せにする学問です。その分野で結果を残すことには大きな意義があると思います。私の研究室では、学生の研究は基本的に全て論文にしています。学術論文として雑誌に発表することで、彼らが大学で頑張って取り組んだことは、活字となって、未来永劫世の中に残ります。大学時代に一生懸命取り組んだ証を論文として残すことができる。それができるのが、理工系の学びの特長です。

様々なことにチャレンジする精神や、新たなことに臆せず取り組む意欲がある方なら、やりがいを感じられるテーマが見つかると思います。

【なかじま・あきら】
 
1985年 東京工業大学無機材料工学科卒業。東京工業大学大学院 無機材料工学専攻修士課程修了。ペンシルバニア州立大学大学院 材料科学専攻博士課程修了。東京大学先端科学技術研究センター寄付研究部門教官。株式会社先端技術インキュベーションシステムズ取締役などを経て、2009年10月から現職。専門は表面機能材料。