小説家・あさのあつこさんは、10代の少年少女の姿を描き続けてきた。昨年9月に発売した『アーセナルにおいでよ』では、SNSでの中傷、不登校などさまざまな記事を抱えながら起業を目指す高校生たちを描いた。70歳になった今もなお10代が主人公の小説を描き続ける理由や、高校生へのメッセージを聞いた。(安永美穂)
「今の時代を生きている10代」を書きたい
―『アーセナルにおいでよ』では、起業に奮闘する高校生たちを描きました。なぜ「起業」をテーマにしたのですか?
ここしばらくは時代小説を書いていたのですが、編集者の方から「若い人たちが主人公のお話を」というご依頼をいただき、「今の時代を生きている10代を書きたい」と思いました。
「何を」書きたいのかではなく、「誰を」書きたいのか。それを考えた時に浮かんできたのが、中学時代に不登校を経験している「甲斐」という青年でした。

―甲斐はどんな生徒ですか?
甲斐は、スポーツや学園物語とは別の世界にいるけれど、ゼロから何かを創り出していくことができる人。そんな姿が見えてきたときに、「起業」という言葉が浮かんだのです。
起業についてはほとんど知らなかったので、起業に関する書籍や若手起業家のインタビュー記事を読んだり、国の支援制度などを調べたりしながら、書き進めていきました。
「これは私たちの物語」高校生読者の声がうれしくて
―不登校の経験がある甲斐、容姿に悩む千香など、登場人物は現代の高校生が抱えがちな悩みを抱えています。
甲斐は、一人であることの苦しみを知っている青年です。同時に、一人でいられることの有り難さも、一人でいられないことのつらさや苦しさも知っています。
「こういう子がどういう環境にいるだろう?」と考えた時に浮かんできたのが、部屋に閉じこもっている設定でした。一方、千香は現実に背を向けずに生き続けてきた子ですが、自分を表現するのが下手で、人に誠実であろうとするがゆえに不器用にしか生きられないところがあります。
この小説を書いてから実際に高校生と話をする機会があったときに、「これは私たちの物語です」と言ってもらえたのはうれしかったですね。
仮想空間は「10代の時に欲しかったサービス」
―起業した会社の事業内容を「悩める人に向けた仮想空間の運営」にした理由は?
甲斐の人物像を考えると、「人に寄り添う何かを作るだろうな」と思い浮かびました。インターネット上のルームに悩みを書き込むと、他のユーザーが自由にアドバイスを送れるという仮想空間は、私自身が10代の時にあったら利用したかったと思うサービスです。
―AIの活用など、令和らしさを感じます。
AIを活用した事業を描いてはいますが、物語の根底にあるのは「人とのつながり」です。人とのつながりに関しては、「対面で密につながるのがいい」「心を許せる人がいた方がいい」などと言われがちですが、密につながることで生まれることもあれば、ゆるやかなつながりの中でできることもあります。
SNSの「ゆるく広いつながり」は新しい可能性だ
―中心人物4人のつながりは強いですね。
今作も中心人物の4人は密につながっていますが、その外部にはいろいろな人がいて、彼らとゆるやかにつながっています。人との結びつきにはいろいろな形があって、「これはいい」「これはダメ」と決めつけてはいけないんですよね。
―現代は、SNSなどを通じたつながりに支えられている10代も多いように思います。
私たち大人世代は、「友達100人できるかな」のように、対面で出会って絆を築く結びつきにこそドラマがあると思ってしまう。でも、今の10代は、ネットワークを通じてでも、ゆるく広く、でも確かな結びつきを作っていけます。これは新しい可能性だという気がしています。

「なぜ言い返せなかったのか」悔しさ恨みが原動力に
―『バッテリー』をはじめ、あさのさんが「10代が主人公の小説」を書き続けるのはなぜでしょうか?
二つの理由があって、一つは「自分が10代でやり残したことを回収したい気持ちがあるから」だと思います。
私は10代に「負け続ける経験」が多かったんですね。あの時になぜあの一言を言えずにのみ込んでしまったのか、笑われた時になぜあらがえなかったのか……みんな、そういう思いを上手に消化して大人になっていくけれど、私は「若かったから仕方ないよね。今となっては懐かしいね」というところに集約して生きられないんです。
―消化できない感情が、あさのさんを突き動かしているんですね。
いまだに悔しいし、恨んでもいるし。それならば、引きずっている感情を書くことで生き直してみようという思いがあります。
10代にしかないエネルギーは「世界を変えられる」
―もう一つの理由を教えてください。
10代ならではのエネルギーや変わりようの大きさに、魅力を感じているからです。子どもが10代だった頃、子どもの友達が半年ぶりに家にやってくると、体も声も大きく変わっている。
この変わりようやエネルギーは他の年代にはないもので、世界を変えるエネルギーにつながっていくと私には思えるんです。小説を通じて何かを破壊しようとか、何かを創造しようと思った時には、そういうエネルギーを持った10代がやっぱりふさわしいんですよね。
物語の中にしかない「苦しみや悩み」を提示する
―今の中高生のトレンドや悩みをどうやってリサーチしているのですか?
中学生と高校生の孫がいるので、スマホの機種のトレンドなどを教えてもらうことはあります。ただ、悩みに関しては、同じ10代でも抱えている問題は一人ひとり違っていて、それは家庭のことかもしれないし、自分や友達、世界のことかもしれない。
―悩みは集約できないもの、ですね。
「その子の悩み」を「日本の10代の悩み」とひとくくりにして考えた時点で、物語は現実に負けてしまいます。「今の高校生はこうだよね」とひとくくりにするのではなく、その物語の中にしかない苦しみや悩みを提示するのが、私の物語の役目だと考えています。
性別問わず「好きな人」を作ってほしい
―高校生に今やっておいてほしいと思うことは?
同性・異性を問わず、「好きな人」を作ってほしいと思います。告白はしてもしなくてもいいですが、他者を好きになる感覚を抱くことが大事です。あるいは、自分は誰も愛せないということを感じて、何であれば愛せるのか、自分自身は愛せるのかを自分に問いかけてみることも大事です。
愛する、憎むという感情と向き合うことは、痛かったり苦しかったりすることでもあって、20代、30代になると、その作業ができないこともあります。高校時代のうちに、自分は本気で誰かを愛した、あるいは本気で誰も好きになれなかったということに気づき、自分の感情をごまかさずにしっかり向き合う経験をしておいてほしいと思います。
- あさの・あつこ 1954年岡山県生まれ。岡山県立林野高校卒、青山学院大学文学部卒。小学校教員の経験を経て、90年に『ほたる館物語』で小説家デビュー。代表作に『バッテリー』シリーズ、『No. 6』シリーズなど。2024年、4年ぶりに現代小説『アーセナルにおいでよ』(水鈴社)を刊行。
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アーセナルにおいでよ
幼なじみで初恋の相手・甲斐から突然呼び出された高校3年生の千香は、スタートアップのメンバーとしてスカウトされる。不登校経験のある甲斐、コンプレックスを抱える千香、詐欺に巻き込まれて逮捕歴のある陽太、バツイチのコトリ……4人の訳アリな若者たちがスタートアップ企業を立ち上げようと奮闘する青春小説。