「はいよろこんで」で注目を集めたアーティスト、こっちのけんとさん。人気絶頂の中、自らの心と向き合い、双極性障害のために活動を一時セーブする決断をした。今、しんどさやつらさを感じている高校生へ。こっちのけんとさんが大切にしている「自分らしいペース」の保ち方から、心と向き合い、付き合うヒントを得てほしい。 (取材・赤澤寧音、マッコムズ健也、水上莉緒=高校生記者、構成・中田宗孝、写真・幡原裕治)
前編:こっちのけんとさんの高校時代は「めっちゃ真面目!」第一志望不合格から奮起
父の一声で上京を決めた
―進路に迷った経験があると伺いました。志望大学はどのように選びましたか。
結果的には駒澤大学に現役で合格しました。ですが、大阪の高校に通っていたので、当初は関西圏の大学、「関関同立」を目指していたんです。そんなとき父から「けんとは東京の大学に行け」との鶴の一声があり、「あら!?」と(笑)。

―父親として、何か考えがあったのでしょうか。
父は「東京に行けば分かるから」としか告げなかったんです。なので、東京に住む兄(俳優の菅田将暉さん)の家に居候して、東京にある大学のオープンキャンパスにあちこち行きました。東京は……めっちゃ楽しかったんです! 両親いわく、僕の目はキラキラしてたみたいです(笑)。
大学に合格して、「この高校で過ごせて良かったな」と心から感じられました。すべり止めの高校でしたが、ここじゃなかったら3年間勉強にも力を入れられなかったとも思うんです。
行き詰まっても「逃げ道」があると生きやすい
―今年は年明けから、双極性障害(躁うつ病)と向き合うための休養期間を過ごしていました。昨年は忙しく活動していたぶん、十分な休息は大事だったのですね。
このタイミングで休養を取っていなかったら、心身ともに危なかったなと思っているので、僕的にはよい機会でした。実際は完全休養ではなく、家で曲づくりもしてたんです。ただ公に休養宣言したことで、気持ちはだいぶ楽になれたし、何かに行き詰まっても「今は休養中だから」と逃げ道を作れて、生きやすかったです。
どん底からはいあがれたのは「歌」があったから
―大活躍中でも休む選択ができたのは、会社員時代に躁うつ病で苦しんだ経験からですか。
はい。会社の通常業務や顧客対応、会社員として受動的に仕事を受け続ける環境の中にいて、ワークライフバランスが自分の思うようにいかず、無理していた部分はありました。仕事上での失敗も多くて精神的につらかったですね。

―そこから立ち直るきっかけは「歌」だったと聞いています。
父の還暦パーティーで歌を披露したことが転機になりました。躁うつ病の真っ最中でしたが、父から「歌ってほしい」と頼まれたんです。本番では、大学時代のアカペラ仲間たちと一緒に大勢の人前で歌い切りました。僕らの歌に感動して泣いてくれた方もいて、すごく気持ちよかった。
この日を経て、「本当にやりたいことは、誰かに自分の歌を届けることだ」と強く思えたんです。歌を続けたらこの先の人生、いいことがあるかもしれないと思えました。
誰かと比べて自分自身を成長させよう
―高校生は多感な時期でもあります。周囲と自分を比べて落ち込みがちな高校生に言葉を掛けるとしたら、何を伝えますか。
僕は、誰かとの比較はどんどんするべきだと思います。もちろん、比較することで自分を卑下したり人を見下したりするのはよくない。比較を自分自身の成長につなげてほしいんです!
誰かと比べることで、自分の足りない部分を知れたり、自分らしさを伸ばすために変えなきゃいけないと気がついたりできます。こんなポジティブな方向で、誰かと比べることをうまく活用してみてください。
周囲の人に「レフェリー」をお願いしよう
―メンタルを保つアドバイスをいただけますか。
自分ひとりでメンタルをコントロールするのは結構難しいんです。信頼できる身近な人に「審査員」や「レフェリー」をお願いしてみてください。僕の場合は、妻が「ストレス、たまってるよ」とか「今、イライラしすぎてるよ」と、教えてくれるんです。
―逆に、心が不安定な友人が側にいたら、どう支えればよいのでしょう。
一つ知ってほしいのは、たとえ家族や親友が優しく声を掛けたとしても、本人には何も響かない場合がある。心を閉ざしている人の意思は、ダイヤモンドと同じくらい硬いです。ただ、それを理解したうえで、アドバイスは絶対にしたほうがいい。今すぐに状況は変わらないかもしれない。だとしても「これだは言っておくね」と、伝えることはすごく大事。その言葉をつかむかどうかは、本人次第です。
「自分らしく」曲を作れた
―新曲「けっかおーらい」は、TVアニメ『ヴィジランテ -僕のヒーローアカデミアILLEGALS-』のオープニング曲です。こっちのけんとさんらしさを感じるタイトルですね。
どんなタイトルにするのかは、作詞以上に悩みました。「けっかおーらい」はアニメの曲でもあるので、ある種の緊張感というか、難しさがあったんです。「ヴィジランテ」の物語に寄せるのか、それとも普段どおりに自分を出したほうがいいのかと考え抜いて、自分らしさのある言葉に決めたんです。
―「けっかおーらい」という言葉が「ヴィジランテ」の世界観にもとても合っていますね。
そうなんですよね。「ヴィジランテ」の主人公が作中でも「結果オーライだね」と言うんです。語感としてノリが良く、リズムも感じられて心地いい。すごく音楽的なフレーズだと思いましたね。
【取材後記】こっちのけんとさんの言葉に気持ちが救われた

■比較は悪いことじゃない
「自分と誰かを比べることを悪いと思わない」という言葉に衝撃を受けました。高校生はつい誰かと比較し、自分のできないところを探してしまう人が多いと感じます。自分と誰かを比べることで、自分を良くするためのハードルを上げていくとともに、明日をポジティブに過ごせる、という考え方は、多くの高校生に届いてほしいです。(高校生記者・赤澤寧音=2年)
■相手の良いところを吸収してみよう
今まで、私は自分と人を比べることを避けてきていました。今考えるとそれは怖かったからかもしれません。ですが比べることで自分の足りないところが分かり、自分を良くすると聞きました。そこからは相手と自分を比べてみて、良いところを吸収してみようと思えました。(高校生記者・マッコムズ健也=3年)
■休む大切さを忘れずにいたい
特に印象に残ったのは「休むことは悪いことではなく、気持ちを楽にする言い訳になる」という言葉です。高校生活は悩みが多い時期ですが、「休んでいい」と言ってもらえたことで気持ちが軽くなりました。これから受験勉強で行き詰まることもあると思いますが、無理せず休むことの大切さを忘れずにいたいです。(高校生記者・水上莉緒=3年)
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こっちのけんと
1996年6月13日生まれ。大阪府出身。2022年、配信シングル「Tiny」をリリースし、アーティストデビュー。24年、6thシングル「はいよろこんで」が大ヒット。同年、「輝く!日本レコード大賞」の最優秀新人賞を受賞し、「NHK紅白歌合戦」にも初出場を果たす。
9thシングル「けっかおーらい」

音楽ストリーミングサイトなどで配信中。TVアニメ『ヴィジランテ -僕のヒーローアカデミアILLEGALS-』オープニングテーマ。