戦後80年を迎え、ほとんどが戦争を知らない世代となった。平和のため、私たちは何を考えていくべきなのだろう。戦争を題材に数々の作品を生み出してきた漫画家・今日マチ子先生に、どう戦争と向き合ってきたのか、話を聞いた。(安永美穂)
後編はこちらから「戦争を忘れない」ってどうすればいい? 漫画家・今日マチ子が高校生に語るヒント

あえて「答えを出さず」読者に委ねる

―「戦争を直接知らない世代」として、漫画で戦争を描くうえで意識している視点やまなざしはどのようなものですか?

いわゆる“戦争もの”の漫画では、主人公が作者の気持ちを代弁して「戦争は嫌だ」と言うようなものが多いのですが、私は答えを明示しないようにしています。皆さんが自分なりの答えを導き出せるように、結論としてのメッセージは出さないように気をつけています。

極端な話をすれば、作品を読んで「戦争はどうしても必要だ」と思う人もいるかもしれないし、「平和を維持しなければ」と思う人もいるでしょう。それぞれの人の考え方を大事にしたいという思いがあります。

―読み手が受け止めてくれるのを信じている、ということでしょうか。

それはあるかもしれないですね。むしろ、受け取り手のほうが良い解釈を出してくれるんじゃないかといつも期待しています。読者の方が書いた批評を読んで、「わー、そうか、そういうことなんだ」と、自分の作品がようやくわかるなんてことも、あるんですよ。

「かわいそう」と涙するだけじゃ失礼

―先生の作品は、どれも「少女たちの日常に戦争が溶け込むように」描かれています。なぜこの描き方を選ばれたのでしょうか?

漫画にはいろいろあって、平和を訴える漫画であれば戦争のひどさをしっかり伝える必要があるかもしれません。でも、私の場合、戦争そのものを描くというよりは、「ある1人のキャラクターがどう関わっていったか」を描きたいと思っています。

『cocoon』より。洞窟の野戦病院で負傷兵のケアをする少女たちが「戦争に勝ったらデートに行くときの服」を考えるシーン(秋田書房提供)

ある1人の人生を見たときに、私はその人の人生を「戦争だけ」で語りたくはありません。もちろん戦争が影響している時期はありますが、それだけでなく、もっと楽しい瞬間やその人らしく生きた瞬間もたくさんあったと思うんです。

戦争で亡くなった方に対して、ただ「かわいそう」と涙するだけで終わるのは失礼だなという気持ちがあって、その人の人生全体を見てほしい思いを込めて描いています。

戦禍の中に居ても、デートを夢見る心を持つのは現代の少女と変わらない(秋田書店提供)

「被害者はみんないい人」なのか?

―先生の漫画に登場する少女たちは、盗み癖がある子など、必ずしも「いい人」ばかりではありません。そのような人物を描く理由を教えてください。

戦争を扱う作品に対して、多くの読者は「被害者と敵という構図があって、被害者は何の罪もない人々である」という描き方を期待しています。ただ、人間にはそれぞれ良いところも悪いところもあって、世の中には「完璧な敵」も「完璧な善人」もいないはずですよね。

なぜ戦争を描くと、「被害者はみんないい人」になってしまうのか。逆にそれが人を排除したり、自分の理想に合わないから敵だと思ったりすることにつながるのではないか。そういった考えから、あえて複雑な人物造形にしています。

“戦争もの”は好きではなかった

―第二次世界大戦における沖縄のひめゆり学徒隊を題材にした『cocoon』(2010年発売)は、戦争をテーマにした中で今日先生の一番初めの作品です。8月にはNHKでアニメ放送されます。担当編集者から漫画の依頼を受けたときは、どのように思いましたか?

実は、当初は「お断りしよう」と思っていました。 いわゆる“戦争もの”の作品は、私自身が正直あまり好きじゃなかった。「自分には何も関係がない」と感じていたし、「戦争はよくないよね、平和が一番いいよね」という結論が最初から用意されていて、読者に自由に考えさせてくれる余地がない印象をずっと持っていたんです。

ただ、担当編集者の方は「学生時代の思い出を描くような感じで、生活や友達関係がまず先にあって、その背景に戦争があるような形にしてみては」と言ってくださって、そのような作品なら私にも描けるかなと思いました。

沖縄取材で戦争の過去が「今」とつながった

―描く前に、沖縄に取材に行かれたそうですね。印象に残ったことがあれば教えてください。

沖縄戦のときに実際に使われていた壕(ガマ:住民や日本軍が米軍から隠れるための避難場所、陣地や病院として利用した洞窟)に入ったときの印象が強いです。

今日先生が取材で訪れた「ひめゆり学徒隊散華の跡」の碑が立つ地(今日先生提供)

―『cocoon』では、ウジがわく洞窟の野戦病院で負傷兵のケアをする女学生が描かれています。

漫画では明るく描いていますが、実際は人が活動できる状況ではないくらい真っ暗でした。この閉ざされた空間にたくさんの人たちがひしめき合っていたという、現代に生きる人からは想像を絶する状況だったことにショックを受けました。

ひめゆり平和祈念資料館では、ひめゆり学徒隊の皆さんの写真を見ることができました。一人ひとりどんな子だったのか、説明を読んだときに、彼女たちが実在した中高生だったことが伝わってきたんです。急に、今の自分の世界と、過去の彼女たちの世界がつながったように感じられました。

一人ひとりの人生の重みを考えると、戦争を漫画で描くという「とてつもないことに手を出してしまった」と、かなりのプレッシャーを感じていましたね。

描くたびに次の課題が見つかる

―『cocoon』から始まり、広島の原爆を題材にした最新作『おりずる』に至るまで、戦争に関する作品を数多く描かれています。「戦争ものの作品は好きではない」状況から、心境の変化があったのですか?

作品を描き上げるたびに、「この部分を描き切れていなかった」という課題が見つかるんです。例えば『cocoon』では、フィクションと史実を絡めて描くのが非常に難しかった。実際に亡くなった方々を考えると、適当に書いてはいけない。でも、自分の実力じゃ描けない部分もある。そんな悔しさを感じていました。

次の作品で課題を克服しようとすると、また別のところで課題が見つかって、さらに次の作品でその課題にトライする繰り返しなんです。毎回100点になることはないのですが、課題を見つけてチャレンジしていくのが、私は好きなのかもしれません。

―戦争に向き合い続けるのは苦しくないですか?

もちろん、しんどいです。しんどすぎるのですが、描き上げるたびに得るものがあるんです。描きがいを求めている気がしますね。

 

 

今日マチ子先生

きょう・まちこ 漫画家。東京藝術大学、セツ・モードセミナー卒。2006年と07年に『センネン画報』、10年に『cocoon』、13年に『アノネ、』が文化庁メディア芸術祭「審査委員会推薦作品」に選出。14年に手塚治虫文化賞新生賞、15年に『いちご戦争』で日本漫画家協会賞大賞(カーツーン部門)を受賞。最新作は『おりずる』(秋田書店)。

特集アニメ「cocoon ~ある夏の少女たちより~」

NHK総合8月25日(月)夜11時45分~
原作:今日マチ子 『cocoon』、声の出演:満島ひかり、伊藤万理華ほか、監督:伊奈透光、音楽:牛尾憲輔、アニメーションプロデューサー: 舘野仁美

友達と笑い合える穏やかな日常が戦争に巻き込まれ、命が脅かされる状況に置かれたとき、少女たちは何を感じるのか。戦後80年となる2025年、太平洋戦争末期の沖縄戦に着想を得た今日マチ子さんの漫画『cocoon』を原作に、戦争や平和について考えるきっかけを幅広い世代に届ける。