2025年のノーベル化学賞に選ばれた北川進先生(京都大学副学長・特別教授)は、「金属有機構造体」という新たな材料研究の第一人者だ。研究を進める指針になったのが、高校・大学時代に触れた「哲学者の言葉」だったという。(文・写真 椎木里咲)

新材料開発でノーベル化学賞に

北川先生は「MOF(モフ、金属有機構造体)」と呼ばれる新材料を開発し、ノーベル化学賞を受賞した。10月22日、日本化学会主催の一般向けの講演会に登壇した。

MOFは、無数の微細な穴が開いた材料「多孔性材料」の一種。消臭剤などに利用されている活性炭や、乾燥剤などに用いられている「ゼオライト」なども多孔性材料に分類される。だが、これらは無機化合物なのに対し、MOFは「金属と有機化合物」でできているのが大きな特徴だ。

活性炭やゼオライトと違い、MOFは穴の大きさや形を自在に設計できるため、さまざまな気体を貯蔵、分離、運搬できる。将来的にはCO₂を効率的に集めて燃料に変えたり、ガスボンベに代わる新しい貯蔵方法に活用できたりする可能性があり、環境問題やエネルギー問題への応用が期待される。

ノーベル化学賞受賞記念講演を行う北川進先生。寄せられた質問にも答えた(2025年10月22日、「CSJ化学フェスタ2025」で行われた一般向け講演会で)

高校時代の倫理の授業で哲学に影響受け

北川先生の思考には「変わらないものはない」という哲学の考えがある。哲学に興味を持ったのは、高校時代の倫理の授業がきっかけだ。中でも古代ギリシャの哲学者・ヘラクレイトスの「同じ川に二度足を踏み入れることはできない。なぜなら流れは変わるからだ」という言葉に感銘を受けた。「自然科学の考え方の元はギリシャ哲学なので、高校時代に知れたのは、すごい機会でした」

「役に立たなさそうなものが役に立つ」 

大学1年の時、日本人初のノーベル賞受賞者・湯川秀樹先生の書籍『天才の世界』を読んだ。紹介されていた荘子の「無用之用」という言葉も、研究の指針になった。「一見すると役に立たないと思えるものが、実は重要な役割を果たしている」という意味だ。

「例えば何もないところを、『イオンや分子が関わる空間』としたら? そこに仕切りを作ったら? 仕切りをずっと構築していくと、多孔性材料になります。多孔性材料は、『何も役に立ちそうにない空間を作る』とも言えるんです」

講演会後は記者会見に臨んだ(2025年10月22日、日本化学会による記者会見)

運は「真摯な取り組み」の先にある

分野外の論文でも、興味深い点が一つでもあればひたすら読んだ。分野外の学会にもできるだけ参加した。積み重ねが自信につながり、MOFの開発という成果を上げた。

1997年にMOFを発表した際は、世界の化学者には全く信用してもらえず「苦しかった」と振り返る。それでも自分を信じられたのは、「これ(MOF)はできるんだと、自分のデータに自信があった」からだ。

「フランスの細菌学者ルイ・パスツールは『幸運は用意されたものの心にのみ宿る』と言っています。自ら情報を得て学び、真摯に取り組むのが大切なんです」

知らない場所に飛び込んでみる

研究では「知らない場所に飛び込む」のが大事だという。「学生には自分の所属している学会に限らず、まったく違うところに行くべきだと指導しています。日本語なのに言っていることがまったくわからない、そんな環境に飛び込むと、『新しいことを取り込もう』と思えるんです」と、分野外の人との関わりが刺激になると説く。

「よい点数を取る」より好きなことを徹底的に

日本化学会で行われた記者会見では、将来化学の道に進みたい高校生へのアドバイスやメッセージとして「高校時代は重要な時期。試験でよい点数を目指すより、好きなこと、興味のあることを徹底的にやってみてください」と語った。

「化学は『目に見えるもの』を作れる、すばらしい学問です。この領域は、とてもやりがいがありますよ」

きたがわ・すすむ 京都大学理事・副学長、特別教授。1979年京都大学大学院工学研究科博士課程修了。工学博士。97年に「MOF」を発表し、2025年にノーベル化学賞を受賞。