ニュースでは「コメが高い」「すぐ品切れになりスーパーで買えない」と連日報道されています。小泉進次郎農林水産大臣が備蓄米の小売りへの売り渡しを決めるなど、政府も対応を急いでいる状況です。そもそもなぜコメが不足し高い状況が続いているのか、コメ問題に詳しい宇都宮大学農学部の小川真如先生(農業経済学)に問題の背景を聞きました。(木和田志乃)
【なぜ高いの?】「買えない」不安で買いだめが影響
―コメ5キロで以前は2000円前後で買えていたのに、今は4000円台を超える状態が続いています。そもそもなぜ高値が起きているのでしょうか?
2023年産のコメが猛暑などの影響を受けたため、24年に需要と供給のバランスが崩れました。8月には南海トラフ地震への備えも活発化。連日メディアで取り上げられたように、コメが品薄になって価格が上がりました。

さらに24年秋からはコメの集荷競争が過熱して、業者の間でコメの取引価格が急騰。取引価格が急騰した影響を受けて、私たち消費者が買う価格も急騰したのです。
現在は、スーパーなどの店頭では特に「高くて買いにくい」と思ってしまうような状況が生まれています。農家から直接購入、ふるさと納税など手に入れる手段が増えたことも、店頭の在庫減に影響しています。流通の変化そのものが価格上昇につながっています。
【なぜ不足したの?】猛暑で収穫量が減り品質低下
―異常気象が、なぜ昨年夏のコメ不足につながったのでしょうか。
2023年産のコメは、日照不足のあとに猛暑が続いた結果、品質が大きく低下したり、加工用などに使われる粒の小さなコメが減少したりしました。たとえば、コメどころの新潟県では、品質が最も高い「一等米」の割合が大幅に減少しました。この結果、全国でコメの争奪戦が発生したのです。

【需要はなぜ伸びた?】家計への負担が少ないから
―23年7月~24年6月までの1年間のコメの需要量が、前年比で2%増(14万トン増)と、10年ぶりに増えたと聞きました。
農林水産省の予測を上回るペースでコメの需要が伸びました。理由に挙げられるのは、物価高の中、コメの価格だけが比較的安価を保っていたことです。パンや麺などの小麦製品はウクライナ危機の影響で、価格が高騰しました。
一方、コメの価格は比較的安定しており、コロナ禍の影響を受けた21年など値下がりした時期さえあります。家計への負担が少ない主食としてコメを選ぶ家庭が多くなりました。加えて訪日外国人観光客の急増などの要因がありました。
【農家にとって高値は良いこと?】質や量の向上につながる
―コメの価格が上がるのは、農家にとって良いことですか?
価格上昇は農家にとってプラスに働きます。丁寧な栽培が行われるようになり、品質や収量の向上にもつながります。
ただし、価格が過剰に上がると消費が減り、「コメ離れ」や、外国産が食べられるようになって「国産米離れ」が起きる可能性もあります。
【備蓄米の効果は?】価格安定には不十分
―国はどんな対策をしているのでしょうか。
今年からは、主食用米の円滑な流通に支障が生じる場合で、農林水産大臣が必要と認めるときは、備蓄の円滑な運営を阻害しない範囲で政府備蓄米を放出できるようになりました。政府備蓄米とは、政府が凶作や天災などに備えて、国が購入して保存しているお米です。
ただし供給が十分な時期にまで国が過度に介入すると非効率になる可能性があります。安心感を得つつも市場の柔軟さを損なわないよう、バランスが求められます。
【小泉農水相の対応】備蓄米放出は「選挙対策」の側面も
ー小泉進次郎農林水産大臣が、小売りへの備蓄米の売り渡しを決め、進めています。
備蓄米放出は、コメが足りないからではなく、低価格なスーパーのコメが足りないから行われるのものであり、その本質は、米政策というよりも物価高騰対策といえます。選挙のタイミングも重なってきますので、お米券配布や現金給付よりもスピーディーにかつ低コストで行える生活支援ということになります。この際、国の負担は小さく、コメ関係の民間業者が負担を被っているという構造もあります。

特に、コメ政策というと農村対策をイメージする人もいますが、備蓄米放出は消費者対策、都市部票を取り込む狙いです。これとは別に農村部には予算の拡充を提起しており、自民党は両にらみの体制をとっています。
【いつまで続くの?】価格高止まりが続く?
―コメの高値はいつまで続く見込みでしょうか
コメは年に1回しか収穫できません。今年の生産量次第ではあるのですが、2023年の影響はすぐには解消されず、政府が介入しなければ、価格の高止まりが数年間続くおそれがあります。価格が高ければ、輸入米の割合が高まる展開もあり得ます。
25年にコメを十分増産できず、価格対策が後回しになれば、28年までは高値傾向は続くと考えられます。備蓄米や輸入米を除けば、5キロで4200~6500円、商品(銘柄)ごとに価格のバラツキは大きくなると予想しています。
【国による管理の歴史は?】積極的に減らそうとした
―コメの国の管理はいつから始まりましたか?
戦時中に食糧管理法が整備され、流通を直接統制する仕組みが構築されました。1967年にコメの自給が実現してから、次第に供給過剰となりました、国が基本的にすべてのコメを買い取る仕組みでは財政負担が大きくなった結果、農家に生産量を減らすよう促す「減反政策」が導入されました。

―今も国はコメを減らそうとしているのでしょうか。
農産物貿易が拡大する中で、「農産物の価格には国が介入せずに市場に任せるべきだ」という国際的な潮流が生まれました。さらに、国がコメを管理していても、93年の冷夏ではコメ不足が発生したこともあって批判が高まり、95年には食糧管理法が廃止。以降は流通や価格の決定を民間主体で行えるよう段階的に政策が変更されてきました。
【日本の食料問題は?】海外への依存がもたらすリスク
―コメ問題から視野を広げ、日本がさらされている食料問題のリスクを教えてください。
食料自給率は38%であり、多くの食料を海外に依存しています。輸入が止まれば直ちに供給に支障が出るおそれがあります。影響は「外からの危機」と「内からの危機」の二つに分けて考えられます。
―外からの危機とは?
大規模な不作や紛争、突発的な出来事などで農産物の輸出が止まると、日本の供給は大きな打撃を受けます。たとえば、コロナ禍でも輸出制限を行った国があり、外部依存の危険性が常に存在しています。
―内からの危機とは?
農業従事者の減少により放置された農地が増加し、技術や経験の継承も難しくなっています。国内で安定した食料供給を続けるには、人材や土地、技術を守る取り組みが欠かせません。
【どんな視点を持つべき?】「食べ物がいつもある」は当たり前ではない
―「コメの高値・不足」には、さまざまな要因や背景が複雑に絡まりあっているとわかりました。先生は、日本の食料問題について、高校生にどういう視点を持ってほしいですか?
食べ物はいつもあるのが当たり前ではありません。特に主食である米は、価格が少し動くだけで大きな影響を及ぼします。例えば、コメを国民1人が1日小さじ一杯多く食べるだけでも、全国の需給バランスが変わってしまいます。
コメの価格が上がったことに対して、犯人捜しをするようなニュースが散見されます。消費者が米の品薄や高騰に対して不安や不満を持ち、「早く理由を知ってスッキリしたい」と願うからです。見た人は、安易に結論付けたニュースを見て「これが悪いんだ」と感情のはけ口ができます。「安易なカタルシス」を得ようとしているのです。
「理由が一つだけ」「一つの理由を完全否定」するような論調には特に注意してほしいです。
―コメが高い、品薄……いつもとは違う状況に対して不安な時、どんな考え方をすれば良いのでしょうか。
コメのような主食は、価格が上がっても消費が減りにくい特性があります。生活に必要だから、多少高くても買いますよね。反対に、半額になっても2倍食べられるわけではありませんから、供給が多すぎると価格が下がります。食料品の価格は特有の動き方をすると知っておいてほしいですね。
消費者の少しの行動が価格や供給に影響する、非常に繊細なバランスの上に成り立っているのが食の世界です。だからこそ、自分の食がどこから来ているのか、誰が支えているのかを知り、身近な問題として考えていってほしいです。