戦後80年を迎えた。「戦争を忘れないで」「平和を考えよう」と声高に言われるが、私たちに何ができるのだろうか。戦争を題材に数々の作品を生み出してきた漫画家・今日マチ子先生に、高校生へ向き合い方のヒントを教えてもらった。(安永美穂)
 前編はこちらから「犠牲者にかわいそうと涙するだけじゃ失例」漫画家・今日マチ子が戦争を描く理由」

戦争に向き合えなかった高校時代

―これまで第二次大戦の強制収容所、広島の原爆など、数々の戦争を題材にした漫画を生み出しています。先生自身が高校生のときは、戦争のことをどのようにとらえていましたか?

平和学習の後のディスカッションでは、話すのが上手な人が堂々と発言しているのを見ていました。私は、意見を述べるのがあまり得意でないので、「あの人の意見に賛成」くらいでよく考えずに終わってしまい、不完全燃焼のままでした。

『cocoon』より。爆撃を受けはらわたが飛び出した友達を運び出す少女たち(秋田書店提供)

正義を振りかざすみたいな、「戦争はよくない」といった「用意されている答え」を言わなければいけない気がして……。「本当に自分がどう思っているのか」を考えられなかったんですね。

ただ、自分で考えられなかった悔しさや負い目が、大人になっても残っていたんです。この心のひっかかりを「絶対に解決したい」と思っていました。

―前編では、「戦争を題材にした漫画を描かないか」と担当編集者に打診されたことがきっかけで、ひめゆり学徒隊を題材にした『cocoon』を執筆されたと聞きました。今日先生にとって、漫画執筆が考えるチャンスになったんですね。

そうですね。もう逃げ続けているのも良くないな、と思ったんです。戦争というテーマに出合ったときに、「なんだかずっと気になっている」という気持ちに、「ちゃんと向き合ってみたい」と思える原動力になったような気がしています。

戦争が「近づいている」感じがする

―現在の日本では、戦争をどのような距離感でとらえている人が多いと感じますか?

私が戦争をテーマにした漫画を描き始めたのは15年近く前で、当時は「戦争が他人事になりつつある」という印象がありました。でも、それからイスラエルのパレスチナ侵攻、ロシアのウクライナ侵攻の勃発など状況が大きく変わり、今は逆に「戦争が近づいている」ように感じます。

若い世代ではほとんどの人がSNSを使うようになり、戦争の話や映像が瞬時に自分のタイムラインに入ってくるようになりました。読者の方と話していても、若い世代の方のほうが「戦争について知りたい」「戦争は自分のいる世界の中で起こっていることだ」と感じている方が多い印象があります。

今日先生の最新作『おりずる』(秋田書店、8月7日上下巻発売)は、広島の原爆投下に着想を得た作品

「心のひっかかり」を覚えておいて

―今夏で戦後80年となります。高校生からは「『戦争を忘れない』と言われるが、何をすれば良いかわからない」という声が編集部に寄せられました。先生の意見を教えてください。

「戦争について考えてみよう」と思えるタイミングがいつ巡ってくるかは、人それぞれ違います。気になるときに調べられれば、それでいいと思います。戦争について考えるのは、しんどいものです。「今は考えたくない」と思う人は、その心のひっかかりを覚えておけば、いつか向き合えるときが来るかもしれません。

「戦争? 平和? うるさいな~」なんてとらえてる人もいるでしょう。「興味がない」のは素直な感情だからそれでもいい。でも、そこで止まらずに「なんで自分はそう思っちゃったのかな?」と掘り下げみてほしいです。

嫌いな相手ほど、後ですごく気になったりすることってありますよね。戦争について、今の自分は気になるのか、気にならないのかを自覚しておくことが大切だと思います。

『おりずる』制作のため、広島へ取材をしに行った(今日先生提供)

始められるところから、少しずつ

―今日さんの作品のような創作物に触れることは、想像力を育てるきっかけになると感じます。戦争を“想像する”とは、どんな体験だと思いますか?

『cocoon』の二次創作を楽しんでくれてもいいですし、自由に想像を巡らせたり、それを絵や文章で表現してみたりする体験からスタートして、後々、史実に行き当たることができればいいように思います。

最初から「何万人の人が死んで……」と言われると、そんな深刻な話題に手を出してはいけないと思うかもしれませんが、まずは始められるところから少しずつ想像してみるとよいのではないでしょうか。

「今が戦争中なら」あなたはどうする?

―最後に、戦争を「自分とは関係のない世界のこと」と感じてしまいがちな今の高校生にメッセージをお願いします。

「今が戦争中だったら、自分はどこに住んでいて、どんな行動をして、どんな服を着ているかな」「今、戦争が起こっている地域が日本だったら」といった想像を巡らせてみると、いろいろと考えることがあると思います。

『cocoon』より。少女たちの死体が転がる中、岬を目指して走り続ける(秋田書店提供)

高校生の皆さんは、年齢的に自分自身のことで悩み、いっぱいいっぱいな時期だとは思いますが、つらいときにあえて「自分がこの戦地の子どもだったらどうしているか」など、自分の現実とは全く関係ないことを考えてみてほしいです。そうすると、「戦争とは何なのか」「明日死んでしまうかもしれないということがどんな意味を持つのか」が、「自分の話」として感じられるかもしれません。

【高校生記者の取材後記】心のひっかかりを覚えておこう

「戦争」というテーマとどう向き合って表現していくのかについて深く考えさせられ、表現を通じて過去と向き合う意義に気づかされました。

特に印象に残ったのは、戦争について知る機会は人それぞれだから、戦争を学ぶことは強制するものではない。しかし、戦争にまっすぐに向き合えなかったとしても、その心のひっかかりを覚えておいてほしいという言葉です。

戦争を知らない世代として、積極的に学ぶ姿勢はとても重要。でも、戦争というテーマへの向き合い方は人それぞれだと改めて実感できました。戦後80年を迎えた今、改めて戦争とは何か、どう向き合うべきなのか考えることができた貴重な時間でした。(高校生記者・みどり=3年)

【高校生記者の取材後記】偶然でなく託された使命なのでは

漫画を執筆する際に、読者を一番に考えているのだと強く感じました。先生は、読者一人一人に戦争そのものを考えさせ、最終的な判断は個人に託すところが多くの人に支持される理由の一つだと思いました。

そして、先生は偶然戦争をテーマとする漫画を執筆することになったと仰っていましたが、私は偶然ではなく先生に託された使命なのではないかと感じました。(高校生記者・トオル=3年)

 

 

今日マチ子先生

きょう・まちこ 漫画家。東京藝術大学、セツ・モードセミナー卒。2006年と07年に『センネン画報』、10年に『cocoon』、13年に『アノネ、』が文化庁メディア芸術祭「審査委員会推薦作品」に選出。14年に手塚治虫文化賞新生賞、15年に『いちご戦争』で日本漫画家協会賞大賞(カーツーン部門)を受賞。最新作は『おりずる』(秋田書店)。

特集アニメ「cocoon ~ある夏の少女たちより~」

NHK総合8月25日(月)夜11時45分~
原作:今日マチ子 『cocoon』、声の出演:満島ひかり、伊藤万理華ほか、監督:伊奈透光、音楽:牛尾憲輔、アニメーションプロデューサー: 舘野仁美

友達と笑い合える穏やかな日常が戦争に巻き込まれ、命が脅かされる状況に置かれたとき、少女たちは何を感じるのか。戦後80年となる2025年、太平洋戦争末期の沖縄戦に着想を得た今日マチ子さんの漫画『cocoon』を原作に、戦争や平和について考えるきっかけを幅広い世代に届ける。