小境士道さん(こざかい・しどう、長野・長野日本大学高校3年)は、とにかく長野が大好き。県民にも知られていない地域や人に焦点を当てたフリーペーパーを作成し、独自の視点で長野の魅力を発信している。

取材も執筆も、資金集めも「全部ひとり」

小境さんはフリーペーパー「HENTAI NAGANO」を作るため、取材、執筆、資金集めまで、全てを一人で担っている。県民にも知られていない地域や人に焦点を宛て、これまでにA5判、全19ページの冊子を2号発行。長野市内や松本市内のカフェやホテル、さらに銀座のアンテナショップに置いている。

タイトルの「HENTAI」については、変態に“常識から外れた視点”という意味を込め、地域を考え魅力を知っている人を取り上げるべく、名づけました」。

小境さん。取材、撮影、編集などをすべて1人で行っている(学校提供)

「長野が好き」思いを探究につなげた

小境さんが所属する探究創造学科は、自分の好きなものを対象にした探究活動に力を入れている。「長野が好き」という気持ちから、フリーペーパーの作成を学校の探究活動の一環で始めた。

木曜日は1時間目~7時間目まで、1日探究の時間だ。小境さんは取材や編集作業、印刷会社との打ち合わせなどを行っている。授業外でも週に3~5時間程度、地域のイベントに参加するなど、つながり作りも欠かさない。

「長野って人が温かい」発信しようと決意

制作の原点は、「人からもらった温かさ」だ。「小学生のころ、登下校のときに知らないおばあさんなど地元の人から、『おかえり~!』『いってらっしゃい!』と声をかけられてきました。長野は人が本当にあたたかいんです」

だが、多くの地域紙は観光地や店舗を紹介していて、インターネットで目につくのは有名な観光情報ばかり。「ならば、自分が感じてきた“人の魅力”を自分で発信しよう」と決めた。

北相木村での取材の様子。現地に宿泊し、実際の暮らしを体験した(学校提供)

「暮らす人」に焦点を当て取材

それぞれの土地に暮らす人々に焦点を当て、暮らしぶりを聞き取り、「人を通して土地を見る」スタイルを貫いてきた。

第1号では鉄道が通じてない自然豊かな「根羽(ねば)村」、第2号では9割が山林だという「北相木村」を特集。両方とも小境さん自身も知らなかった村だ。県外から移住してきた人や、地元の杉を使った商品開発をする人などを取り上げた。

特に印象に残っているのは、第1号に掲載した牛を山に放牧しながら育てている山地酪農家の幸山さん。「牛の気持ちを知りたくて、1年間外にテントを張って暮らした。牛と同じ生活をしたんだよ」と聞いたときは、驚いたという。

取材では「相手の目を見て話を聞きたい」との思いから、メモを取らずに録音し、後日すべて手作業で文字起こしをする。「AIに頼れば早いけれど、自分の耳で聞いて書き起こすと、取材の空気を思い出せる。手間だけど大切にしたい過程です」

最初はメール送るのも緊張

取材先は、調べて「面白そう」と思った人に直接コンタクトを取る。探究担当の先生にFacebookで取材希望を募ってもらいもした。取材した人からまた別の人を紹介してもらい、連鎖的に取材先を広げている。

最初はメールを送るのも緊張し、「本当に送っていいの……?」と先生に何度も添削してもらったが、今ではお手の物だ。

クラファンで印刷費を調達

1号につき1000部発行。約10万円かかる印刷費はクラウドファンディングで集めた。目標未達ならゼロになる「All or Nothing」方式を選び、SNSや対面での発信に力を入れた。終盤は支援が伸び悩み、不安になったが、個別に呼びかけて無事達成できた。

「HENTAI NAGANO」の中面。豊富なインタビューが魅力だ

「飛び込む力」がぐんぐん伸びた

読者からは、「高校生でこんなことやってるの?」「クオリティー高いね」といった声が届いた。「取材した人に『(読んだ人から)行ってみたいって言ってもらえたよ』と聞いたときは、本当にうれしかったです」

活動を通し、相手の言葉を引き出す力や、話を深掘りする質問力も身についたと実感している。指導する水﨑悠樹先生は「僕の知らないところで、僕の知り合いと会っていることもある。『飛び込む力』がすごく成長したと思います」と語る。

魅力の再発見、きっかけを作りたい

今後は高校卒業までに第4号までを発行予定だ。スポンサーや協賛を募りながら、継続して制作を進めていく。将来的にはライフワークとして、長く発信活動を続けたいと考えている。

「長野県の魅力を広く発信し、観光だけでなく、いずれは移住にもつなげたい。特定の地域だけでなく、県内全体が盛り上がってほしいと思っています。地元住民にも“地元再発見”のきっかけになるような内容を目指したいです」