毎日の練習時間は90分。鵠沼(神奈川)はコート一面も満足に使えない環境の中、ウインターカップ(全国高校バスケットボール選手権大会、2023年12月23日~29日開催)で強豪を撃破し、初の全国ベスト16進出を果たした。笑顔にあふれたチームの中心にいたのが、出場時間のほぼない部長・土田把奈(はな・3年)だった。(文・写真 青木美帆)

身長が低くても戦える

スターティングメンバーの平均身長は164センチ。部員全員が近郊から電車で通学し、中学までに全国大会を経験したベンチ入りメンバーは2人しかいない。しかし、1回戦で強豪・聖カタリナ学園(愛媛)を延長で下し、県立岡豊(香川)に接戦で勝利。3回戦では185センチの留学生と全国から集った有望選手を擁する東海大学付属福岡(福岡)に敗れたが、磨いたディフェンスで最後まで相手を苦しめた。

出場時間は多くなかったが、コートに出たときは全力でプレーした

ウインターカップに魂、全部残せた

3試合通しての出場時間はわずか73秒。しかし土田は目尻に涙を浮かべながらも「過去の自分に『あの時こんなことをやっていれば』という後悔はまったくないです」と笑顔で言った。

「自分たちがここで……ウインターカップで残したかった、身長が低くても戦えるということや、ベンチの盛り上げや、スタンドから最後まで叫び続ける魂が全部残せました。新チームになってからいろんなことがありました。 悔しい試合もたくさん経験したし、自分を『最低だな』って思うこともありました。でも、どんな状況でも、過去でも未来でもなく『今』に集中することができた。今日の試合も40分間ずっと、今を生き続けられたと思います」

花のような笑顔で仲間をねぎらう

ウインターカップは高校バスケの最高峰に位置する大会。緊張ゆえに張り詰めた表情で試合に挑むチームも多い中、鵠沼はコートでもベンチでも多くの笑顔を見せた。そしてその中心にいたのが、名前のとおりの「花」のような笑顔を持つ土田だった。

ベンチでひときわ大きな声で仲間を励まし、タイムアウトなどで試合が中断すると真っ先にコートに駆け出して健闘をねぎらう。「ザ・『フォア・ザ・チーム』の子」。細木美和子コーチは土田をこのように評する。

笑顔と声かけでチーム一丸で戦う姿勢を部員たちに示した続けた

役割に迷いも「自分ができる最大限を」

上級生の引退を受けて、2年生の夏から部長に就任した。当初は、1年時からゲームキャプテン(プレーにおけるリーダー)をつとめ、絶大なリーダーシップを発揮していた村上蘭菜(3年)に引け目を感じ、思うようにチームをまとめられなかったという。

「部長って何をすればいいんだろう」「どういう存在であるべきなんだろう」。試行錯誤を重ねてもなかなか答えを出せずにいたある日、細木コーチとチームメイトがヒントをくれた。

「『部長という肩書に縛り付けられなくていいんだよ』って言ってもらって、初めて自分が固定観念にとらわれていたことに気づきました。想定外のことが起きた時にうまく対応できないことに悩んでいましたが、型でしか自分の役割を認識していなかったから。自分と向き合って、『特別頭がいいわけでもないし、何が正解かわからないけど、自分ができる最大限のことをやろう』と思うようになったら、気持ちが楽になりました」

「私は私」見つけた役割

コートに立ち続ける村上にしか見えない景色があるように、ベンチで見守る自分だからこそ見える景色がある。下級生と上級生。AチームとBチーム。あらゆる関係性の中心に自らを置くことを心がけ、一人一人の気持ちに寄り添い、励まし、チームの伝統である「フォア・ザ・チーム」の精神を伝えた。

「ゲームキャプテンを超えようとか、同じになろうとは考えません。私は私。私にしかできない声かけやリーダーシップを意識しています」

タイムアウト時になると一目散にコートに飛び出し仲間をたたえた

自信を持ってそう言えるまでになった土田について、村上は言う。

「今はよく話せるし、自分の考えを伝えられるけど、元々そういう力があったわけではないです。彼女なりにたくさん自己分析して、努力して、積み重ねた結果が、チームを引っ張る今の彼女の姿。みんな、日々成長していく部長を見ているから『ついていこう』って思えたんだと思います」

「出会えてよかった」と思われる人に

全国ベスト16という新たな歴史を刻み、後輩たちにバトンを託す。しかし土田は彼女たちに自らと同じやり方をしてほしいとは考えていない。「must(〜しなければならない)」でなく「want(〜したい)」という自らから湧き出るモチベーションを一人ひとりが持ち寄り、「フォア・ザ・チーム」を体現できれば、どんな道筋でも構わないと考えている。

次のステージでバスケットボールに関わるかどうかはまだ考え中。目指す職業も特にない。ただ、土田の未来には揺るがない一本の柱が立っている。

「鵠沼で得た学びや積み重ねてきたことを、自分だけで終わらせず誰かに伝えたい。すてきな人間……細木先生みたいに『出会えてよかった』って思える人になりたいです」

つちだ・はな

神奈川県出身。横浜市立大綱中出身。姉の影響で小学1年生から競技を始め、雰囲気の良さに引かれて鵠沼に進学した。ニックネームは『エイ』。「入学時に立てた目標が『チームが高く登るための土台になる』だったので、『fundation』から取りました」。好きなアーティストは『SHINee』。身長165センチ。