小田絢之君(東京・東京大学教育学部附属中等教育学校6年)は、1年半かけてゴキブリの研究に取り組み、科学の大会で入賞するなど成果をあげた。ゴキブリは左利きか右利きなのかを検証するユニークな内容だ。(文・中田宗孝 写真・本人提供)

生物室でゴキブリを飼い始め

―ゴキブリの研究を始めたきっかけは?

(中高一貫校の)中学生になり生物部に入部してから、以前はあまり得意ではなかった虫をかわいいと感じるようになり、気がつけば直接触れるのも平気になっていたんです。

高1の冬から「ゴキブリは右利きか?左利きか?」をテーマにした研究に没頭した(記者撮影)

高校生になり、ゴキブリを飼い始めました。僕が飼育した「アルゼンチンモリゴキブリ」は、爬虫類のペット用の餌として販売されており、入手は難しくありません。ただ、家族から「絶対に家で飼わないで」と言われ、学校の生物室の一角で飼っていました(苦笑)

僕らの学校では、生徒全員が各自テーマを決めて取り組む「卒業研究」があります。高1の後半から1年半ほどかけて継続して研究に打ち込み、高3のときに研究成果を論文にまとめます。その研究対象に僕はゴキブリを選びました。

校内の生物室でゴキブリを飼育中の様子。写真右のケース内に卵パックを積みあげて暗闇をつくり飼育環境を整えた。写真左の小さいケースには、実験に使う予定のゴキブリを個体別に飼育

素手で触れるし、かわいい

―多くの人が嫌悪しがちなゴキブリをなぜ飼育しようと?

僕自身は、素手でゴキブリを触れますし、かわいいと感じているんです。アルゼンチンモリゴキブリの長い触角が特に好きで、ずっと眺めていると、左右の触角が別々に、とても激しく動いていることに気がついたんです。この動きに興味を持ち、「研究のテーマになるかも」と思いました。

動物の行動には、左右差(左利き、右利き)があることは知られています。魚のエサにたどり着くまでの回り方や、ミツバチの障害物の避け方にも左右差があるんです。

「こうした左右の差が、ゴキブリにもあるんじゃないか」と考えました。

ゴキブリに利き手はあるのか

―ゴキブリの左右差をどのように検証したのでしょうか。

ゴキブリの頭部にある左右2本の触角の動きに注目しました。ゴキブリの触角は、臭いや味覚などを察知するための重要な感覚器官です。エサを食べるタイミングで左利き、右利きがあっても不思議ではないと仮説を立て、検証してみることにしました。

実験中の様子。ケース(縦37×横64㎝、高さ8.6㎝)内にアルゼンチンモリゴキブリを入れ、ケース中央には、好んで食べていた熱帯魚のエサを配置

―どんな実験を行いましたか。

実験では、アルゼンチンモリゴキブリのオスとメスを使用しました。

アルゼンチンモリゴキブリのオス。この種は、滅多に飛ばす、動きもゆっくりしており、ツルツルした壁は登れないため飼育が容易だという

まず触角の両方を切ったり、左右片方だけ切ったりして「両方触角あり(通常の状態)」「左側のみ触角あり」「右側のみ触角あり」「両方触角なし」の4パターンについて、オス・メス5匹ずつに分けます。

アルゼンチンモリゴキブリのメス。同種のオスと比べて羽がないのが特徴(学校提供)

「左側のみ触角ありのオス5匹、メス5匹」のように分類したら、1匹ずつ実験ケースの中に入れて、ケース中央に置いたエサに向かってゴキブリが動いていく行動ルート(軌跡)を映像に記録。エサにたどり着くまでに掛かった時間も計測しました。この方法で左利き、右利きが分かるのではと考えたんです。

実験に使用したアルゼンチンモリゴキブリは、時々水を与えるのみで20日間以上絶食させ、エサをより欲しがる空腹状態にしました。また実験を開始して、30分経過してもエサにたどり着かない場合は、「エサを食べられなかった」としています。

行動解析ソフトを用いると、写真のようにエサまでの行動ルートが可視化できる。写真のアルゼンチンモリゴキブリ「両方触角あり」のメスは、迷わずにケース中央のエサにたどり着いたことが分かる(学校提供)

生物室にこもってゴキブリの行動を解析

―触角に変化をつけた合計40匹のゴキブリの行動を1匹ずつ解析。とても根気のいる実験ですね。

実験対象となる個体の行動を追跡できるフリーソフトを使用して、ゴキブリの行動を観察したのですが、実験データの解析にはとても時間が掛かりました……。映像内に影やノイズが入ると、ソフトの機能に影響が出てしまうんです。ゴキブリの動き(軌跡)がきちんと追跡できていない部分は、自分で1コマ1コマ映像を確認しながら、移動したルートの追加・修正の手直しをしていきました。

実験はすべて学校の生物室で行いました。1日6~7時間、生物室にこもった日もあります。

エサの探索実験の模式図。触角に変化をつけたアルゼンチンモリゴキブリがどう動いてエサまでたどり着くのか観察(学校提供)

―実験結果を教えてください。

「両方触角あり」のゴキブリは、触角の有無を4パターンに分けた中でもっとも多く、90%の個体がエサにたどり着きました。一方、「両方触角なし」のゴキブリは、エサの近くを通っても一匹もエサにたどり着きませんでした。このことから、やはりゴキブリはエサを探すのに触角を活用していることが分かりました。

そして「右側のみ触角あり」のゴキブリは、オス60%、メス80%がエサにたどり着いたのに対し、「左側のみ触角あり」ゴキブリは、オス・メスともに20%しかエサにたどり着かなかった。

アルゼンチンモリゴキブリ「右側のみ触角あり」のメスの行動。5匹中4匹がエサにたどり着いた(学校提供)
アルゼンチンモリゴキブリ「左側のみ触角あり」のメスの行動。5匹中1匹のみがエサにたどり着く結果に(学校提供)

この結果から、アルゼンチンモリゴキブリは右側の触角を頼っている。「ゴキブリ(アルゼンチンモリゴキブリ)は右利きである」という可能性が考えられると、結論づけました。

―最後に、研究者として大切にしていることを教えてください。

実験で得られた結果を踏まえて、さらに考えてみることが大事だと思います。今回の研究でも、僕は考察に長い時間をかけました。「もしこうなったら、こういうことも言えるかも知れないな」という自分なりの仮説を考え続けるんです。同じような研究で、内容に差をつけられるとしたら、どこまで自分が考察できるかだと思っています。

高2のときには生物部の部長を務めた小田君。「ゴキブリは右利きか」の研究で「TAMAサイエンスフェスティバルinTOYAKU2020」スタンダード部門・優秀賞、「サイエンスキャスル2020関東大会」口頭発表・最優秀賞、「つくばScienceEdge 2021」金賞を受賞(記者撮影)