南風原朝和・東京大学理事・副学長(幡原裕治撮影)

東京大学は今年度から推薦入試を導入し、「推薦要件のレベルが高い」と話題を呼んだ。一方、長年、記述式中心の出題を続け、難関として知られる一般入試の問題は「日本の高校生全体への最も重要なメッセージ」と位置付け、作問や採点に教員の総力を結集しているという。それぞれの入試の狙いや高校生に求める力、国が進める入試改革への対応などを入試担当の南風原朝和理事・副学長に聞いた。(聞き手・西健太郎)

推薦要件は例示しきれない

──初めての推薦入試は定員100人に対し、173人が志願し、合格者は77人でした。どのように受け止めていますか。

南風原 志願者の見込み人数があったわけではありませんが、「面接などを実施する第2次選考の受験者は、定員の2、3倍に絞らないと」という話はしていました。それよりは、志願者数が少なかった。合格者が定員に達しなかったのは、志願者が少ないことによるものですが、各学部の担当者は「高校は、推薦入試の趣旨に合った優れた生徒を推薦してくれた」とそろって言っています。希望していたような生徒に来てもらえた手ごたえはあります。

──高校生への推薦入試の広報について検証はしましたか。「科学五輪入賞」などの要件から、「東大がスーパー高校生を求めている」といった報道もされました。

南風原 志願者が少なかった要因として考えられるのは、推薦要件のハードルが高く感じられたのではないかということです。要件の例示が必須条件のように読まれたのかもしれません。次回の推薦要項(7月に公表予定)では「書き方や例示の内容について、見直せるところがあれば、見直してほしい」と各学部には伝えています。

学内では「スーパー高校生」という言葉は出ません。学部学生の多様性を促進することを主眼に始めたのが推薦入試です。多様に優れた学生を求めていますので、要件を例示しきれません。例示にないものでも、提出してもらえれば「なるほど」となるものもある。そのことが伝わるとよいかもしれません。

──推薦入試では、どんな学生を求めているのですか。

南風原 高校在学中に特定の領域に没頭して卓越した実績を上げている人は、ペーパーテストの総合点は高くならないかもしれませんが、研究や学生生活でも独創性を発揮できる。これまで、そういう人を取りこぼしていたのではないか、そういう人が入学することで大学がより活性化するのではないかという期待があります。

推薦入試には、日本の中等教育の先進的な取り組みを支援する意図もあります。卒業研究などの探究的な学習に力を入れている高校もあります。そういう教育の成果を推薦入試では評価したい。

──学ぶ意欲も重視しているのでしょうか。

南風原 意欲だけを取り出して評価することは難しい。志願者には、(論文や研究成果のように)特定の領域への強い関心やモチベーションを評価できる形で示してもらう必要があります。

高校の学習を「本わかり」すれば解ける問題

──記述式が中心の一般入試は、変えない方針でしょうか。

南風原 現時点では変えることは考えていません。東大の入試の在り方について否定的な声は学外からも学内からも聞こえてきません。高校の各教科で習う内容を「本わかり」、つまり本当に深く理解すれば解けるように、難しい用語は出題しないなど、高校教育に配慮しながら作問をし、そして時間をかけて採点をしています。

──「本わかり」とはどのようなものですか。

南風原 本質的な理解を示します。「要するに何なのか」ということを自問して答えられることです。

「知識」という言葉は矮小化されがちですが、機械的な暗記は知識ともいえないものです。「本わかり」を伴う知識は、高く深いレベルのものです。それは、探究活動を通じて身に付くこともあるし、本やネットで、ということもある。知識を深めるにも多様な方法があります。

──東大の一般入試でも「本わかり」を問うているのですね。

南風原 東大のアドミッションポリシーに、入試の基本方針として「知識を詰め込むことよりも、持っている知識を関連づけて解を導く能力の高さを重視」するとあります。これは、高校の学習を「本わかり」するように取り組んでいれば解ける、ということです。加えて、(15年に就任した)五神真総長は、「自ら原理に立ち戻って考える力」「考え続ける忍耐力」「自ら新しいアイディアや発想を生む力」の3つの基礎力を鍛えることを求めています。これらは、高校での学びにも通じることだと思います。

答案と向き合う中で採点基準が決まる

──五神総長が文部科学省の会議に出した意見書には、「記述式試験は受験生との対話」とあります。どういう意味でしょうか。

南風原 2つの意味があります。まず、出題が大学からのメッセージであり、それに解答するという対話です。格闘しがいのある問題を出し、それにチャレンジしたいという生徒を歓迎するということです。入試で問われている力は、大学の学習で必要なものです。入試を通じて、高校と大学は接続しているのです。

もう一つ、採点の過程が対話なのです。私が授業で実施する統計の試験でも、いくつかの解を想定して作問したとしても、採点を始めると、より良いスマートな解が学生から出たり、逆に思ってもいない誤りが出たりすることもあります。完全な正解ではない解を比較して、「どちらが良い解か」を決める中で順番付けがはっきりしていきます。こうして、採点するうちに基準がより明確になっていき、何を測っているのかが確定していくのです。

(一般入試では)その作業が、何千人かの受験生の答案を通してのやりとりになります。もちろん初めから基準はあるのですが、採点をするうちに「さっきの答案は、良いじゃないか」と戻って見直すこともある。こうして基準が洗練されていく過程が、受験生との対話のようなやり方になっているのです。

センター試験があるから安心して記述式を出題できる

──アドミッションセンターを設置することを計画していますね。何に取り組むのでしょうか。

南風原 高大接続センター(仮称)を設置します。これまで入試の追跡調査は、入学後の学業成績を定量的に見ていましたが、推薦入試での入学者の追跡の物差しは多様にしたい。学業成績だけでなく、面接も含めて定性的な追跡を丁寧にして、今後の入試や教育の企画に生かします。

また、国や国立大学全体の入試改革の動きをふまえてどうするか。東大の個別試験の評価は高いですが、(外部の)状況が変化したら、今のままでいいのかという検討はしないといけない。そのための専門的な人材を置くことを考えています。

──委員を務めた、文科省の高大接続システム改革会議の最終報告はどう見ていますか。会議に総長が出された意見書からは、「センター試験廃止」への懸念が感じられました。

南風原 高大接続改革が今後どう動いていくのかが、最終報告でもはっきりしていません。新しいテストの科目をどうするか、という議論すら十分にはされなかった。新しいテストは、目的と手段が乖離している部分があり、この最終報告に納得している人はほとんどいないのではないか。心配です。

センター試験が、50万人以上が受験する規模で構築・運用されながら、問題内容への批判がほとんどないのは上出来だと思います。今は「センター試験廃止」という言葉が一人歩きしている。総長が言うように、センター試験の「資産価値」を大事にして改善すべきところを改善するという慎重姿勢が必要です。

(センター試験の後継とされる)「大学入学希望者学力評価テスト(仮称)」は、記述式を入れるとしていますが、東大入試のような「深い記述式」とはだいぶ違い、設問条件を満たしているかどうかの表面的・機械的な採点を想定している。にもかかわらず、「深い記述式」であるかのように、「思考力・判断力・表現力」を評価すると言っている。これも乖離です。

選択式には、幅広く、多くの内容について効率的に試験できるという良さがあります。東大は、選択式のセンター試験を一次試験にしているから、安心して二次試験で内容を絞った「深い記述式」を出題できているのです。

 

【はえばら・ともかず】
1953年、沖縄生まれ。那覇高校、東京大学教育学部卒業。アイオワ大学大学院教育学研究科博士課程修了。Ph.D. 東京大学大学院教育学研究科教授、教育学部附属中等教育学校長、教育学研究科長・教育学部長などを経て2015年から現職。文部科学省の高大接続システム改革会議委員を16年3月まで務める。専門は心理統計学・心理測定学。