住川菜月さん(兵庫・網干(あぼし)高校3年)は、子供のころから柔道一筋の生活を送っていた。だが、部活中に頭を強打し脳の病気を発症。入退院を繰り返すようになり、絶望の日々を送っていた。苦しみと葛藤から救ったのは、転入した通信制高校でのあたたかな生活だった。(文・野村麻里子、写真・学校提供)

柔道にのめり込み、強豪校へ推薦入学

小学校2年生の時、近所の柔道教室に通い始めた。「元気いっぱいな子どもでした。きょうだいゲンカしたら勝っちゃうくらい。親が『このエネルギーを何かに活かせないか』と考え、柔道を勧めてくれたんです」

柔道一筋の毎日を送っていた住川さん(写真右)

最初は負けが続いた。しかし、徐々に勝てるようになると楽しさに気づき、のめり込んでいった。中学生になると、柔道部の活動に加え、三つの柔道教室を掛け持ちする「柔道漬け」の日々を送った。

実力が認められ、柔道の強豪高校へスポーツ推薦での進学が決定。「自分の努力が実った気がして、嬉しくてたまりませんでした」

頭痛や吐き気で入退院「希望がない」絶望の日々

希望に胸に高校に進学。しかし、柔道部に入部してまもなく、その道が突然絶たれた。練習中に頭を強打し、「脳脊髄(せきずい)液減少症」を発症したのだ。

この病気は、交通事故やスポーツでの衝撃で硬膜が傷つき、脳脊髄液が漏れて発症する。症状として、頭痛や吐き気、めまい、倦怠感が続く。

ベッドから起き上がれない日々が続いた(写真はイメージ)

住川さんはベッドから起き上がれず、入退院を繰り返す生活に。「ずっとめまいや吐き気が続き、起き上がろうとしてもクラクラして気持ち悪くって……」

大好きな柔道ができない。学校にも通えない。日常生活すらままならず、心も体も追い込まれていった。「無力な自分を許せず、命を絶つことばかり考えていました」

通信制高校へ転入「面接中に思わず涙が…」

何に対しても希望を持てず、これからのことは一切考えられない状態が続く中、高校2年生の夏、網干高校通信制課程へ転入が決まった。

「面接で経緯をぽつりぽつりと話し始めたら、面接官の先生が『本当に大変だったんだね』と優しくうなずいてくれて」。心がほどけ、思わず面接中に涙がこぼれた。

「よく学校に来てくれたね」先生の声かけに励まされ

転入後も体調は不安定だったが、新たな環境で少しずつ変化があった。

通信制ならではの単位の取り方が分からず困っていると、同級生が助けてくれた。「取り方を教えてくれただけでなく、学校の案内までしてくれたんです」

朝早くから先生や教頭先生が玄関に立ち、生徒に「おはよう」とあいさつする、あたたかな歓迎に驚いた。「よく学校に来てくれたね、と受け入れてもらえるのがうれしかったです」

「踏ん張って見せる」単位取得しアルバイトにも挑戦

穏やかな学校生活に支えられ、住川さんの心に光が指していく。「はじめは自分自身を受け入れられずに葛藤していました。でも、先生や友達が私を受け入れてくれ、次第に変わっていきました」

入学時からの担任の宮本知子先生は、苦しむ姿を見守り続けた。「2年生の単位取得もあやぶまれる状況でしたが、『なんとか踏ん張る、踏ん張って見せる』と言って、やり遂げました」

飲食店でキッチンスタッフのアルバイトに挑戦。先生からの推薦でクラス委員を務めた。

身を削り、自分自身と向き合って

昨年11月、定時制や通信制に通う生徒が体験談を口頭で発表する「全国定時制通信制生徒生活体験発表大会」の全国大会に出場。文部科学省初等中等教育局長賞を受賞した。

全国定時制通信制生徒生活体験発表大会に出場。自分を認める経験にもつながった

きっかけは、住川さんの作文が宮本先生の目に留まったこと。つらい経験を振り返り、文章にまとめるのは過酷な作業だ。作文中に体調が悪くなり倒れ、保健室に運ばれた日もあった。

宮本先生は「身を削りながら書き上げる様子に頭の下がる思いでした」と振り返る。「自分と向き合い、自分を引き受けて、さらに前に進もうという姿勢は、本当に強いと感じます」

友達に病気や転入理由をずっと言わずにいた。だが、大会に向けて校内で発表した時、「友達みんなが駆け寄ってきて『そんな思いをしてたの』と励ましてくれました」。

将来はスクールカウンセラーになりたい

将来の夢はスクールカウンセラーだ。4月からは大学に進学し、心理学と福祉学を学ぶ。「今の学校の環境に救われました。挫折を経験し、周囲の支えを受けたからこそ、私も誰かを支えられる仕事に就きたいです」

自分に「生きてくれてありがとう」と言ってあげて

最後に、今苦しみの渦中にいる高校生に向けてメッセージを送ってもらった。

「SNSなどで他人と比較し、自分が劣っていると苦しむことがあるかもしれません。でも自分のことは、やっぱり自分が一番わかってる。『生きてくれてありがとう』と自分に声をかけてほしい。自分の中にある強さに目を向けてほしいな」

*つらい気持ちになったら、気持ちを落ち着ける方法・相談窓口
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