下地さんの弁論原稿

ひとりにしない

宮古高校 3年 下地美颯

20万5029件。これは、2020年度の児童相談所が対応した児童虐待の相談件数です。児童虐待に関する相談件数は年々増加しており、20年間で11.5倍以上も増加しています。ここまで深刻化している児童虐待の問題を皆さんは身近に感じたことがあるでしょうか。

私は5年ほど前、初めて身近に「虐待かもしれない」と思う体験をしました。近所のマンションに住んでいる二人の小さな女の子が、一日中マンション周辺をうろついているのです。初めはただ遊んでいるだけだと思っていましたが、数時間たっても炎天下の中、水を飲んでいる様子もなく歩き回る二人がだんだん心配になってきました。私は二人に声をかけ、水とお菓子をあげて、マンションの陰でしばらく話をしました。二人は姉妹らしく、「ママが帰ってくるまでお家に入れない。ママは多分お仕事に行った。」と言い、不安そうな顔をしていました。私はそんな二人を放っておくことができず、二人の母親が帰ってくるまで一緒に待っていることにしました。結局二人の母親が帰ってきたのは夜の8時ごろでした。二人は朝から夜までご飯を用意されず、ただ外で待たされていたのです。当時小学生だった私にも「これは育児放棄ではないか」とすぐ分かりましたが、警察へ通報する勇気も出ず、自分の無力さに情けなく思ったことを覚えています。

あれから5年がたった今、あの体験をきっかけに、児童虐待や育児放棄を解決するためにすべきことは何かを考えました。私が出した結論は「みんなで子育てをする社会の体制が必要だ」ということです。虐待と聞くと親側を加害者として捉えてしまう人がほとんどでしょう。しかし、子育てをする親の立場で考えてみてはどうでしょうか。仕事でのストレスや私生活での不安を抱えながら必死に子育てをしなければなりません。それに加えて現代の社会では、保育施設の不足により仕事と育児の両立が難しくなっているにもかかわらず、子育てにかかる費用は0歳から22歳までで2700万から4100万円と莫大なお金を費やさなければなりません。この社会の現状は、子育てをする親を社会から置き去りにしてしまっているのではないでしょうか。親も一人の人間ですから、社会から孤立した辛さや苦しさを子どもにきつく当たることで発散させているのかもしれません。実際に、ある研究で虐待をした親の分析を行ったところ、精神障害や経済的な負担など社会環境が生み出す要因が絡み合って虐待が起きていることが明らかになっています。

もちろん、それが虐待を肯定する理由にはなりません。親に虐待された子供たちは身体的に傷つくだけでなく、心を閉ざしてしまいます。最悪の場合、虐待によって死亡してしまう子供も少なくありません。しかし、社会の制度が子育てをする親にとってもっと優しいものであれば、子育てのストレスを緩和し、孤立する親を減らすことができるのではないでしょうか。例えば、子育てにおける金銭的な援助を手厚くすることや保育施設の設備を整えるなどの対策を行うことで、より子育てをしやすい環境になるでしょう。また、職場で子育てをしながら働く人への理解を示すことや親戚同士で頼りあえる関係を築くことなど、意識を変えれば今すぐにできることも多くあります。私たちは、「親が子を育てる」という考え方を捨て、「社会みんなで子を育てる」というように子育ての認識を根本から変えていかなければなりません。「子に過ぎたる宝無し」という言葉があるように、子供は社会の宝であり、これからの社会を担っていくのは間違いなく子供たちです。今社会を構成するすべての人に子育てに協力する責任があるといえるのです。もし虐待を受けている子供が身近にいるなら、迷わず相談に乗り、警察や児童相談所へ通報するべきです。それは親を敵に回すということでなく、周りの人や社会の制度に頼って、よりよい親子関係を再構築していくために必要なことです。

「社会みんなで子育てをする。」この意識を一人一人が持つことで、虐待のない明るい社会を創ることができるはずです。高校生の今は子育てと言われてもしっくりきませんが、決して他人ごとではありません。子育てをしている身近な大人を一人にしない。虐待を受けている子供がいたら手を差し伸べる。大人と子供の境目と言われる高校生の私たちだからこそ今できることは、双方を孤立させないことなのです。