英単語、漢字…中高生は暗記から逃げられない。繰り返し覚えるのがコツだというが、いつ復習すればよいか分からない。そんな悩みを解決する「ふせん」を、樫原優衣さん(神戸大学附属中等教育学校6年=高校3年相当)が開発し、商品化に成功した。どうやってアイデアを形にできたのか、奮闘の日々を語ってもらった。(文・野口涼、写真・小穴啓介氏提供)

「忘れなくなる学習日」ふせんが教える

樫原さんが開発した「エビングハウスフセン」は、記憶定着のためのベストな復習のタイミングが一目で分かるふせんだ。ドイツの心理学者・エビングハウスが提唱した、時間の経過と記憶の関係をグラフで示した「忘却曲線」をヒントにしている。

一見意味不明の数字が並ぶが、使い方は簡単

使い方は、まず「学習した日にちの数字のふせん」を復習したい箇所に貼る。あとはふせん上部に印刷された「学習した翌日」「1週間後」「4週間後」の数字の日付に沿って、合計3回の復習を行うことで定着率を高める。例えば、学習したのが1日なら、一番下に「1」と印刷されたふせんを使い、2日、8日、29日に復習するという具合だ。

自作のふせんを見た父「特許取れる」

忘却曲線を知ったのは、中学受験の勉強をしていた小学生の頃。忘却曲線を応用した問題集に効果を感じ、その他の学習にも取り入れるようになった。

「具体的には、社会などの暗記項目や解けなかった数学の問題を『学習した翌日』『1週間後』『4週間後』に復習し、学習の定着率を高めました」。当初は両親がファイルを使って管理してくれたが、中学生になってからは自分で市販のふせんに復習すべき日付を記入して使った。

自ら開発した「エビングハウスフセン」を使って勉強する樫原さん(本人提供)

後期課程(高校3年間に相当)進学を目前にしたある日、樫原さんのふせんの使い方を目にした父の「それって特許取れるんじゃない?」という言葉にぴんときた。「特許が取りたいというより、高1の探究学習のテーマになるのではと思いました」

特許には「最先端の技術」で取るものというイメージがあったが、「うまくいったら面白そうだし、うまくいかなくてもいい感じに論文にできそう」、そう思って挑戦してみることにした。

特許のプロも「いけるんじゃないか」

中3の3月、まずは母と一緒に無料の特許相談会に参加し、特許取得の概要をつかんだ。ちょうど新型コロナウイルスの特別定額給付金の支給が決まり、まとまったお金が入りそうだったので、知的財産に関する専門家である弁理士に依頼し、特許出願のための準備を進めることにした。「最初にしたことは、類似品がないかを特許庁の検索ツールを使って確認することです。その後の打ち合わせで弁理士さんに『いけるんじゃないか』と言っていただき、あ、取れるのかな?と思いました」。こうして高1の7月に特許を出願。同時期に商標登録をするにあたり、このふせんを「エビングハウスフセン」と名付けた。

数十社に試作を打診

両親の協力を得て、ふせんの試作に取り組んだ。製紙会社など数十社にメールで問い合わせを行い、相談に応じてくれた2社に製作を依頼。秋には合計2000冊のふせんが自宅に届いた。「製品になったふせんを目にして感動すると同時に、こんなにたくさんあってどうしようという気持ちになりました……」

復習が終わったらその日の数字を切り取る

早速大手文具店や書店などへの販売依頼を開始したが、現実は厳しかった。「遠回しに断られたり、返事がなかったり。知名度のない製品を販路に乗せることの難しさを思い知らされる毎日でした」

12月に地元紙が取り上げたことで旗色が変わり、翌1月には西武渋谷店パーキング館1階のギフトストアとECサイトを融合させた「CHOOSEBASE SHIBUYA」で取り扱いが決まった。「まさか最初に売ってくれるのが百貨店だなんて衝撃でした」と笑う。2月にはそれまでの成果を8000字の論文にまとめ、学校に提出した。

1年かけて特許を取得

高2の4月11日、ふせんの特許を取得した。「『特許を取れそう』からが長かった。やっとか!という感じでした」

高2の探究学習のテーマを「ふせんの売り上げ向上」に決め、1年かけて販路拡大を試みた。「インスタグラムやツイッターなどSNSの内容を充実させることも必要。両親に協力してもらって大手書店や文具店に業務提携を持ちかけましたが、結果は惨敗でした」

一方で、ふせんを使ってくれた友人などの意見をもとに、日付部分をちぎるためのミシン目をなくしたり、表紙や字体のデザインをデザイナーに依頼したりと製品の改良を重ねた。

この間、事業として金銭がからむこと、契約が必要なことは両親が行ったが、交渉の席には可能な限り樫原さんも同席。特にデザインの改良については、高校生の感性を生かし主体となって進めた。

「ふせんのおかげで合格した」うれしい口コミも

5月31日現在、エビングハウスフセンを取り扱っているのは「CHOOSEBASE SHIBUYA」のほか、お取り寄せ通販サイト「47CLUB」、西武・そごうのショッピングサイト「e.デパート」の計3カ所。1冊660円から販売されている。メディアでの紹介や口コミなどで知名度は確実に上がりつつある。

ふせんを使えばどのページをいつ復習すればよいか一目瞭然だ

「試しに1個使ってみた方からその後まとめて100冊注文、国家資格取得のための専門学校から500冊注文がありました。効果を感じてもらえたのかな。すごくうれしいですね」。時にはSNSで「エビングハウスフセンのおかげで試験に合格した」といったコメントを見つけることもあるという。

海外進出も視野に

この春、高3になった。「文献ではなく実体験をもとにした探究学習で、ふつうの高校生活では出会えない多くの人と出会えた。視野が広がり、進路選択の参考になりました」と話す。「初めてのことに挑戦するのは怖いけど、やってみて失敗するのもいい経験です」

改良を重ね、より洗練されたデザインにした

最近では高校文化祭用に正規品より安価なキット(自分で組み立てるエビングハウスフセン)を製品化し、高校文化祭用に無償提供。樫原さんの高校で販売した他、他校での取り扱いも呼びかけている。無償提供に関する詳細は、Ebbinghausstationery★gmail.com(★を@に変える)まで。

大学受験を控えた樫原さんに代わり、今後は両親が中心になってエビングハウスフセンの海外進出やアプリ化、ムック本の発売などに取り組んでいく予定だ。