矢野さんの弁論原稿

バトンをくれた2人へ

宮崎県立宮崎北高校 3年 矢野夢佳

みなさんの学校では、体育大会で学級対抗リレーはありますか? 学級対抗リレー。それは、名前の通り学級、クラスの全員が参加するものです。

「2組はあの2人がいるから勝てないよね」ふと聞こえてきたこの一言。中学3年生の学級対抗リレーの練習中、他のクラスの人から吐き捨てられた言葉でした。私はこの一言にとてもショックを受けました。私たちのクラス、3年2組には、みぃちゃんとここちゃんという2人の障がいのある女の子がいました。障がいの程度は異なりますが、2人とも走ることが極端に苦手でした。

私がみぃちゃんとここちゃんと出会ったのは、中学1年生の入学式。私には、身近にダウン症のいとこがいたこともあり、彼女たちとコミュニケーションがとれるようになるまで、そう時間はかかりませんでした。私は自然と2人と友達になっていました。入学してしばらくしてから、ある先生に「いつもお世話していて偉いね」と褒めてもらったことがありました。しかし、それは、私にとっては褒め言葉とは思えませんでした。私は2人のお世話をしたつもりなどまったくなかったからです。みぃちゃんとここちゃんは、いつも私のくだらない話を聞いてくれていました。そして私に支援学級での出来事を話してくれていました。みぃちゃんもここちゃんも、優しくて一生懸命で、がんばり屋さんで、私の大切な自慢の友達です。話したいから会いに行って話す。聞きたいから話を聞きに行く。それは、友達として当たり前のコミュニケーションではないでしょうか。

私は、学年のみんなにも障がいのある人たちと関わる機会を大切にして欲しいという思いで、宮崎中央支援学校との交流学習で実行委員長をしました。支援学校の生徒さんを「楽しませてあげる」という感覚ではなく、自分たちも楽しむことを大事にして企画しました。実際の交流では、学年のみんなが、自然と支援学校の生徒さんに手を差し伸べている姿が見られ、交流学習は大成功でした。少なくとも私は、この交流学習で学年のみんなが障がい者への理解を深められたと思っていたのです。

だからこそ私は、「あの2人がいるから勝てない」という言葉が、悲しくて、悔しくて、涙が止まりませんでした。このことをクラスのみんなに相談すると、2人の意見も聞きながら、みんなが楽しめるリレーにしようと話し合いが始まりました。クラスのみんなが、みぃちゃんとここちゃんのため、そして自分たちのために考え抜いた結果、2人の走る距離を短くすること、クラスの中の足の速い子を前後に置くことが決まりました。先生にも相談し、言葉で表現することが苦手な2人の声にも、時間をかけて耳を傾けました。学級対抗リレーは、みんなが1本のバトンをつなぐもの。クラスの誰ひとり欠けてはいけない。練習を重ねるたびにクラスのみんなと彼女たちの会話が日に日に増え、全員でバトンをつなごうという思いが強まっていきました。本番では、結果は最下位でしたが、リレー中には他のクラスや他学年の生徒や先生方から応援の声をたくさんかけてもらい、諦めずに一生懸命走る姿を評価してもらえました。一緒に考え、一緒に楽しみ、一緒にバトンをつなぐ姿が、多くの人に感動を与えるということを実感しました。

みなさんは、6年前の「やまゆり園事件」を覚えていますか。知的障がい者福祉施設「津久井やまゆり園」で、入所していた19人が殺害され、26人が重軽傷を負った痛ましい事件です。この事件の犯人が障がい者を殺した基準は、「しゃべれるか、しゃべれないか。」だったと言います。この犯人には、障がい者に渡すためのバトンもなければ、バトンを受け取る意思もなかったのだろうと思います。いえ、障がい者がバトンを持っていることにさえ、気づいていなかったのでしょう。気づいていれば、こんな恐ろしい事件を起こすことはなかったはずです。

障がいの有無だけでなく、私たちは、一人一人違います。その分、一人一人違ったバトンパスの仕方があるのではないかと私は思います。もし、支援や理解を求めている人がいたら、手を伸ばしてバトンを受け取る。そして、どんな支援やサポートが必要か考えて、受け取りやすいバトンを渡す。そういうことがこれからの私たちに求められるのだと思います。

みぃちゃんとここちゃんは、運動もコミュニケーションも得意ではありませんが、私は彼女たちからたくさんのバトンを受け取ることができました。そのうちの1つが私の将来の夢です。2人に出会えたおかげで、私には絶対にかなえたい夢ができたのです。

私は世界中の誰もが、幸せに共生できる社会を作りたいと思います。そのために私は、社会福祉や特別支援教育について学び、さまざまな人と人との懸け橋となれるような養護教諭になりたいと思います。

こんな素敵なバトンを与えてくれた2人の大切な友達へ、改めて伝えます。

みぃちゃん、ここちゃん。本当にありがとう。