選挙公報などを読んで、各党の政策について話し合う玉川学園の生徒たち

「18歳選挙権」となって初めての国政選挙である参院選を前に、各地の高校で実際の選挙を題材にした模擬投票や公約比較の授業が行われた。3年生の中には18歳となり「本番」の投票に臨む生徒もいる。高校生は各党の政策をどう見て、何を基準に投票先を決めたのか。模擬投票の現場を取材した。

あいまいな公約には疑問も

「私は奨学金の政策が気になる」「教育についてはこの党が現実的なんじゃない」。7月5日、玉川学園高等部(東京)の3年生の女子生徒22人が選挙公報や政策比較表を机上に置いて、意見を交わしていた。

22人は、選択授業「ワールド・スタディーズ」の履修者。この日は、4、5人ずつの班に分かれて、選挙公報や政党のサイト、政治・選挙情報サイト「政治山」が作成した政策比較表などを読んで考えてきた「疑問点」を出し合った。

「若者が夢や希望を持てる…と書いてあるけれど、具体的なことが分からない」「全力で応援しますってどういうこと?」「教育の無償化とあるけれど、いつ(何歳)までの教育なのか書かれていない」など、抽象的なスローガンやあいまいな公約には指摘が飛ぶ。ある著名人の候補者には「ちゃんと政治の知識を持っているのだろうか」という声も出た。

各党の政策についての意見を書き出す玉川学園の生徒たち

 班ごとに、各党の政策・公約を読んで気付いたことを発表した。
「教育の無償化のための財源は?」
「拉致問題が重要視されていないのではないか」
「選挙後本当に実現されるの」
「なぜ政策が無い政党があるのか」
「与党と野党の政策が似てきてしまっているのではないか」
「18歳選挙権になったからにはもっと易しい言葉を使ってほしい」

「政策実現の優先順位を示してほしい」

「信用できる政党に入れたい」という生徒に、担当の硤合(そあい)宗隆先生が「信用できるかは、何を基準にしているの」と問い掛けると、「具体的な政策が書かれていないと、何がしたいんだろうって思う」「いいことばかり書いてあると信用性に欠けると思ってしまう。何から実現するのか優先順位を示してほしい」など、政策の具体性や実現可能性を指摘する声が上がった。

先生は生徒たちに、最近の国政選挙で20代の投票率が低いことを指摘し、「君たちの視点で一票を入れることが一番大事。自信を持って投票してほしい」と語り掛けた。

生徒会が選管になり投票呼びかけ

同校では2002年以降、国政選挙などに合わせて15回模擬選挙を実施している。前回の衆院選では生徒の投票結果は実際の結果と似た傾向だったという。今回は、5・6日に中学3年生から高校3年生の882人を主な「有権者」として参院選比例区の投票を実施。この22人のように、一部のクラスでは、事前学習として政策比較の授業も行った。

放課後に模擬投票に臨む玉川学園の生徒たち

本物の選挙同様、有権者であっても投票は義務ではなく、棄権もできる。放課後には、校内に設けた投票所の近くで、中央委員会(生徒会)執行部が選挙管理委員会の役割を担い、生徒たちに投票を呼び掛けた。

同校は、地元町田市の選挙管理委員会から投票箱や記載台を借り、「本番」に似せた環境を実現。学校での模擬投票を支援する「模擬選挙推進ネットワーク」を通じ、各党のポスターの提供も受け、張り出した。受け付けなどの選挙運営には、今回初めて保護者が協力した。

生徒会の執行部が模擬投票の選挙管理委員会を務め、会長(左端)は「明るい選挙キャラクター」として投票をアピールしていた

中央委員長の高橋英礼奈さん(18)は「若者の政治離れが問題になっている。でも若者が日本の未来を作っていく。選挙権を得られた以上、投票して自分の意思を示すべきだと思う」と話した。

高橋彩里さん(18)は参院選の期日前投票を済ませたという。「私の一票が政治に反映される。それがどれだけ重いことなのかを感じている」と、有権者になったことを実感している。藏田沙織さん(18)は10日に投票に行く。「選挙権が早くほしかった。模擬投票に向けて毎日、新聞やテレビで情報を集めました。経済成長や憲法を重視して投票先を選びます」と話した。

東京選挙区は候補者多くて「難しい」

模擬投票の前に選挙公報を読む戸山高校の生徒たち
東京選挙区と比例区の模擬投票をする戸山高校の生徒たち

東京都立戸山高校では6日に東京選挙区と比例区の模擬投票を実施。投票受け付けや投票立会人も生徒が務めた。立会人役の生徒が担当の髙橋朝子先生に促され、最初に投票に来た生徒と共に投票箱が空であることを確かめて投票が始まった。

選管から借りた記載台で投票先を記入する戸山高校の生徒たち

模擬投票を終えた小宮貫太郎君(17)は「政党名で選べる比例区のほうが決めやすかった。選挙区は全員の政策を読んで決めました」と振り返る。「18歳選挙権」については「国政選挙も大事だが、高校生にとっては生徒会長選挙など身近な『政治』にまずしっかり取り組むことが大事ではないか」と話した。東京選挙区(改選6議席)の候補者は31人。ほかの生徒からも「比例区は、政党名のイメージで選べるが、選挙区が難しい」(17歳の女子生徒)といった声が多く聞かれた。

小川遥さん(18)は期日前投票に足を運んだ。「政治について知らないことも多いけれど、選挙権を得られたことで意識が変わりました。親と話し合い、新聞も読んで投票先を決めました」。女性の社会進出などの政策を重視したという。

「税金を上手に使ってくれそうな党に」

神奈川県立湘南台高校では7日に全校生徒を対象に比例区と神奈川選挙区の模擬投票を実施。同校は独自の授業「シチズンシップ」を実施し、「将来の市民として必要な力の育成」のために模擬議会や時事問題の学習などに取り組む。模擬投票は「(これまで学んできた)知識の活用の場」(黒崎洋介先生)という位置づけだ。投票に先立つ事前学習の授業では、生徒が重視する分野の政策を自ら考えたり、重視する政策について自分と考えが近い政党を探したりした。

湘南台高校の模擬投票の受け付けは生徒の有志が担った

地元選管から借りた記載台などを設置した教室に、授業を終えた生徒たちが投票に来る。「どうやって投票するの?」「(比例区は)政党名か名前だよね」など、友達同士教え合う姿も。投票を終えた河西ひかるさん(18)は、「本番の選挙にいきなり行くのは不安がある。模擬投票で雰囲気が分かりました」と話す。重視するのは消費税。「税金を上手に使ってくれそうな党を選びたい」

湘南台高校の模擬投票が行われた教室。選挙区と比例区で記載台が分かれている

松尾明奈さん(18)は投票先を選ぶのに悩んだが、気になった候補者のサイトや比較サイトを見るなどして投票先を決めたという。「比例区は、消去法で(政策に同意できない)党を消していって決めました。選挙区は消費税や奨学金などで自分の考えに近い人を選びました」。10日に本番の投票に行く。「自宅に自分の名前も書かれた入場券が届いた時、『特別なもの』だと思えて、親に頼んで自分で開封させてもらいました」。これまで素通りしていた街中のポスターもじっくり見るようになったという。

ほかの生徒にも投票先を選ぶ際に重視したことを聞くと、「保育の充実」「憲法9条と集団的自衛権」「待機児童問題」「政治資金問題」といった政策を挙げた。

当日、部活動などの用事で投票できない生徒のために、前日に「期日前投票」も可能にした。7日の投票終了時刻が近づいたころ、3年生の投票所の投票率は8割を超えた。受け付けの女子生徒は「まだ来ていない生徒がいる」と100%を実現できないことを悔しがっていた。

神奈川は全県立校で模擬投票を実施

神奈川県教委は、政治参加、司法参加といった教育を「シチズンシップ教育」と位置付け推進する。政治参加教育の一つとして、2010年以降、参院選にあわせて全県立高校・中等教育学校で模擬投票を実施している。対象学年は各校の判断に任されており、県教委によると対象生徒は約6万3000人。全生徒の半数ほどにあたり、前回2013年の4万2000人から大きく増えた。

神奈川県が参院選で模擬投票を実施するのは、時期が決まっており学事日程に組み込みやすく、また高校3年間のうちに一度経験できるといった理由から。全校で実施するのは先進的な取り組みといえるが、他県にはなかなか広がらない。

宮崎県では選管がマニュアル作成

そんな中、宮崎県選挙管理委員会は、高校向けの模擬投票のマニュアルを初めて作成し、県内の高校に実施を呼び掛けたところ、65校ある高校・特別支援学校などのうち19校が手を挙げた。対象生徒数は4350人という。

宮崎県選管が高校向けに作成した模擬投票実施マニュアル。記載台のつくり方や開票方法が具体的に説明されている

教室を使っての「投票所」の設営の仕方や、段ボールで投票箱をつくる方法など、マニュアルは具体的。選管から道具の提供を受けずに、高校の教員だけで模擬投票を実現できるようにしたという。県選管の担当者は「模擬投票は主権者教育の絶好の機会。高校生のうちに選挙がどういうものかを知り、政党・候補者の主張を見極めるために考える経験をしてほしい」と話している。

模擬投票を行った各地の高校の多くは、実際の選挙結果が確定した後に開票し、結果を振り返る事後指導を行う。(西健太郎、野村麻里子)