工業高校はチャンスをつかむための場所
工業高校出身でアーティストとして活躍中のブラザー・トムさんが、高校時代を振り返り、熱いメッセージを送ってくれた。
早く働く場所を見つけるために工業高校に入りました。最初から大学には行かないと決めていたので、早く手に職をつけて建築関係の職種につきたいと思っていました。
でも小さいころから楽器が大好きで、中学、高校とブラスバンド部でトランペットを吹いていました。高校に入った1970年代前半は空前のフォークブーム。その中心にいた吉田拓郎さんに憧れて、友人と二人で「モラン」というフォークバンドを結成。モランは『ムーミン』に出てくる冬の妖精で、話し掛けると全てが凍る孤独な冷たい魔物。でも、たき火など人が集まるところに近づきたがる。そのキャラクターに共感するものがあって付けた名前ですが、音楽よりも笑いが多いバンドでした。近くの学校に「スターダストレビュー」がいて、音楽的評価がすごく高かった。こっちはジョーダンがすごかった。当時から音楽も笑いも好きで、切り離して考えられない。どちらも僕にとって大事なものなのです。 でも、「自分は就職するのだ」と決めていたので、音楽は高校までと考えて、勉強も一生懸命にやりました。そして、卒業後は大成建設に就職しました。
工業高校のいいところは、自分が何に向いているのか、何に向いていないのかよく分かるところ。働くことを前提としているので、自分が何をやればいいか、選択肢を見つけるのが早い。失敗したらやり直せばいい。その判断も早いんです。
僕自身、就職はしたのですが、当時の日記をみると、「おまえはここにいていいのか?」と、毎日のように殴り書きがしてありました。やはり、楽器が好きという気持ちが強くなって、半年後に退職して楽器屋に再就職しました。
その後、ピアノ調律師になり、その傍ら音楽活動も続け、「バンドの宣伝のため」と当時の人気番組「お笑いスター誕生」に出て10週勝ち抜いたことが今につながっています。 高校時代って、星(希望)がいっぱい見えます。普通科の生徒には、その星はただ輝いているだけでしょうが、工業高校生には現実に生活する道を示してくれる星なんです。チャンスをつかむための星。今、そんなことを感じますね。
僕がここ4、5年、夢中になっているのが「絵本をつくる」ことなんです。実は、昨年の福島第1原発事故で避難を強いられた福島の人たちとつながりができたことで、この夏、福島を舞台にしたお話である『ハッピーアイランドから来た犬』という絵本を出すことになりました。僕は熊谷工業高校の出身ということもあり、熊谷市の親善大使をしています。あの事故の後、熊谷市の学校の体育館に福島の人たちが避難してきました。そこで僕ら夫婦でできる支援をさせてもらおうと思い、そこから交流が始まりました。絵本はその交流から生まれたものです。
僕は全国の工業高校の皆さんに、ぜひ次の震災が起きる前に用意してほしいものがあるんです。災害緊急時の避難場所は学校の体育館などが多いでしょう。プライバシーを守るためのしっかりとしたパーテーションがあると、とても助かるのです。みなさんなら素晴らしいものができるはず。工業高校で習得した技術は社会のために役立つ。これは間違いのないことです。
工業高校生の皆さんには、好きなこと、やりたいことをとことんやって、自分の人生を切り開いていってほしいですね。
- 【ブラザー・トム】
- 1956年2月23日生まれ、埼玉県立熊谷工業高校卒。1980年「お笑いスター誕生!」(日本テレビ)で10週勝ち抜き。1983年にブラザー・コーンさんとバブルガム・ブラザーズを結成。その後、ソロ活動も行い、音楽と笑いのエンターテイナー、アーティストとして活躍。