「なんの取りえもない私だけど、いつかは日本武道館のステージで歌いたい」。路上ライブからスタートし、2012 年11月2日、ついにその夢を実現させた宮崎奈穂子さん。高校時代は「周囲の目が気になって『歌手になりたい』とは言えなかった」という彼女に、どんな思いで進路を選び、夢をかなえていったのかを語ってもらった。 (安永美穂)

――どんな高校生でしたか?

自分の外見にコンプレックスを抱いていて、クラスの中心にいる華やかな子のグループを見るたびに、「どうせ私なんか……」と落ち込んでばかりでした。でも、高3の文化祭のステージで歌を歌ったら、それまでほとんど話をしたこともなかった同級生が「今の歌、すごくよかったよ!」と声を掛けてきてくれたんです。歌でなら、こんな私でも、劣等感を抱かずにみんなとコミュニケーションをとれるんだ。そう気付いてから、歌うことを将来の仕事にしたいと真剣に考えるようになりました。

でも、両親に「歌手になりたい」という夢を打ち明けられずに、音楽とは関係のない大学・学部に進学しました。

――どのように音楽の道へ?

大学3年になり、同級生が就職活動を始めたころには、「親を安心させるためにも普通に就職すべきかな」と考えたこともありました。でも、「歌手になりたい」という夢があるのに、何も挑戦しないまま諦めてしまったら、きっと後悔すると思い、就職活動はせずに歌手を目指そうと決意しました。周囲からは「人生踏み外しちゃったね」と言われましたが、私からすると「後悔するだろうな」と思える道へ進む方が、よっぽど〝踏み外す〟ことのように思えたんです。

それからは自分が納得するまで挑戦したくて、50件近くのオーディションに応募したり、作曲コンペ用のデモテープに歌を吹き込むアルバイトをしたりしながら、路上ライブも始めることにしました。

――初めての路上ライブは?

友達からキーボードを借りて、東京・渋谷の駅前で歌い始めたのですが、誰も立ち止まってくれなくて……。「私、こんなことしてバカみたい」と思って、2曲歌って機材の片付けを始めたんです。そうしたら、スーツ姿の男性が「いい歌だね」って声を掛けてくれて。たった一人だけど、自分の存在に気付いてくれた人がいることがうれしくて、涙がこぼれました。

あの日、初めの一歩を踏み出さずにいたら、武道館でのライブを実現することもできなかったかもしれません。小さなことでも、まずは一歩、自分から踏み出してみることが大切なんだと思います。

――つらいことはどう乗り越えた?

路上で歌っても誰も足を止めてくれず、「私は誰にも必要とされてないんだ」と、涙が止まらなくなったこともあります。でも、自分で選んだ道なので、「今日は行きたくないな」と思う日も、雨の日も雪の日も、路上ライブはやり続けました。

ある方が「出会いというのは、『出』るから『会』える」とおっしゃっていたのですが、自分から外に出て行くからこそ、出会える人がいて、つながるご縁があります。「自分はなんでダメなんだろう」と悩んでいたときも、誰かと出会えれば、その人のために「何ができるかな」と考え方が切り替わり、前向きな気持ちを取り戻せました。現実は自分で変えられる

――高校生へのメッセージを。

進路を考えるとき、周囲の大人たちは「現実を見なさい」と言うかもしれません。でも、この言葉に屈しないでほしい。可能性を信じて、自分から動き出せば、いろいろな人が力を貸してくれて夢に近づけます。今、目の前にある現実がどんなに厳しくても、現実は自分の力で変えていくことができるんです。 私は特にキレイなわけでも、歌がうまいわけでもありません。だけど、私みたいな普通の人でも武道館でコンサートを開くという夢を実現できたのだから、高校生の皆さんにも「自分にだってできるはず」と思ってもらえたらうれしいです。

ファンの支援で武道館単独ライブ実現

2010 年7 月、所属する音楽事務所が「1年間で有料のサポーター(ファン会員)1 万5000 人を集められれば、武道館で単独ライブを開催できる」という企画をスタート。最初は「できるはずがない」と思ったものの、「挑戦せずに諦めるよりは、挑戦したい」と考え、真夏の炎天下でも気温が0 度の寒い日もほぼ毎日、終電の時間まで路上ライブを行い、手書きのチラシを配った。路上ライブで歌を聴いた人々のツイッターなどでも応援の輪が広がり、355 日目に目標会員数を突破。12 年11 月2 日に武道館ライブを実現し、13 曲を歌い切った。

取材後記

「私は本当に普通なので……」と、謙虚な態度で取材に応じてくれた宮崎さん。でも、自分を信じて動き続ければ、普通の人だって夢をかなえられる。奇跡は起きるものではなく、起こすもの。彼女の生き方に触れ、そう実感した。

 
【みやざき・なほこ】
1986 年4 月10 日、東京都生まれ。慶應義塾大学在学中から音楽活動を開始し、2007 年にインディーズでCD デビュー。年間300 日以上の路上ライブを行い、5 年間で8 万枚を超えるCDを手売りで販売。12 年11 月に日本武道館で単独ライブを成功させる。現在は、365日、毎日1 曲ずつを発表する「歌・こよみ365」に挑戦中。