「絵を描くのが好き」「物作りが好き」という人は、一度は美大進学を夢見たことがあるのではないだろうか。美術学部や芸術学部ではどんなことを学ぶのか。日本を代表するアーティストで、東京藝術大学美術学部の日比野克彦教授に聞いた。(野口涼)

デッサンなしの入試もある

――美大の入試は大変そう、というイメージがあります。デッサンができないと、美大には行けないですよね?

入試で問われる力は、学科によってさまざまですよ。

日本画の入試では緻密なデッサン力が求められるし、建築では空間認識能力が測定されます。

ただし、アートの才能はそれぞれ全員にある、というのが僕の考えです。ただ入試は、悲しいかな、全員合格というわけにいきません。

建築科の卒業制作のひとこま(東京藝術大学提供)

従来型のデッサンを中心とした入試制度がある一方、東京藝術大学でいうと先端美術表現科という一番新しい学科では、小論文を選択すれば物を作ったことがなくても挑戦できる入試もあります。

美大も、さまざまな人間を求めているんです。

「絵が描けない」は誤解

――絵が描けなくても、目指せる学科があるのですね。

よく「絵が描けない、絵が下手」と自ら言う人、いますよね。

そうは言っても、絵は誰しも幼い時には描いていたわけで、「描けない」というより、「人と同じように描くのはあまり得意じゃない」という言い方のほうが正確だと思います。

最近、テレビで、絵が得意じゃない芸能人が絵を描いて「独創的」「おもしろい」と盛り上がっている場面を見ました。それだけ、その人ならではの絵の魅力があるんです。

目の前のものを忠実に、リアルに描ける人が偉いわけじゃないんです。

リアルと言っても、「何が本当のリアルか」なんて、わからないんですよ。僕たちは、遠くにあるものは小さく見えて、近くにあるものは大きく見えることを、勉強や経験値で把握しています。

でも、子どもたちには「もっと違うリアルの世界」が広がっているのですよね。

日本美術史の調査実習(東京藝術大学提供)

人に興味があることが大事

――どんな人が美術学部に向いているのでしょうか。

人と接するのが苦手だったり、自分をアピールするのが苦手だったりしても、「自分の中にふつふつと湧き上がってくる何かがある」みたいな人が向いています。

「人に興味があること」も大事です。

「なぜ人間は物をつくったり、絵を描いたりするんだろうな」「なんで人の顔は一人ひとり違うのかな」「人はなぜうれしくなったり悲しくなったりするのかな」「太陽を見るとなんで頑張ろうって気になるのかな」みたいな興味が、とても大事なのです。

日比野克彦教授

――才能がある人しか美術学部に向いていない、と思っていました。

小さいときから展覧会に入選して、中学校で個展を開き、期待されてきたような人を拒否はしないけど、決してそれが王道ではないんですよ。

不思議なもので、全員が似た雰囲気の学生ばかりの学年より、いろんなタイプの人がいる学年のほうが、全体的に成長していきます。「何を考えているのかわからない…」なんて不思議な雰囲気の学生がいたほうが、おもしろくなっていきます。

人間の感情、感動することに興味がある人が美大に入ると、すごく成長していくと思います。

絵が描けなければ描かなくても入れる入試を探せばいいんです。

ひびの・かつひこ

 

1958年岐阜市生まれ。82年日本グラフィック展大賞受賞。84年東京藝術大学大学院修了。地域性を生かしたアート活動を展開。東京藝術大学美術学部先端芸術表現科教授。