絵を描くのが好き」「物作りが好き」という人は、一度は美大進学を夢見たことがあるのではないだろうか。美術学部や芸術学部ではどんなことを学ぶのか。日本を代表するアーティストで、東京藝術大学美術学部の日比野克彦教授に聞いた。(野口涼)
長い目でアートと向き合う
――美大生は卒業しても「食べていけない」というのは本当ですか?
ありがちな誤解が、「天才作家は大きな展覧会を開き、作品が画廊で高額で販売される。それ以外の作家は、食べていくのが大変」というものです。
「美大なんて行って何の意味があるんだ」という言い方もされがちですが、それも誤解です。
日本中に美術館がありますが、学芸員のポストはどんどん生まれているわけでなく、誰かが辞めないと空きません。公立美術館だとなおさらです。教員も、今は少子化の影響で減っています。
ただ、美大で学ぶ多くの学生たちが、就職を第一目標としているかというと、そうとも言えません。
学生たちは、もうちょっと長い目で「アートとどう向き合っていくか」を考えています。
世の中の既存の価値観、例えば「一流企業に行く学生が優秀だ」というような考え方は、絶対的なものではないのです。
社会問題を解決する糸口に
――美術学部で学んだ学生の力は、社会にどう役立ちますか?
美大が作家を育てる場所というのは間違ってはいません。「社会の中の課題を解決する糸口としてのアート」という考え方が、これからは重要になると思います。
日本だと、高齢化や少子化、障害者に対する社会的な障壁の除去、ダイバーシティの実現など、さまざまな課題がありますよね。多様性のある社会を作っていこうとしています。
美術こそ、多様性のある社会にとって必要不可欠だと思っています。
子どもの描いた絵はお母さんにとってはすてきなものですし、人間国宝の作家が描いた絵も立派。「ではどっちが良いの?」と問うた時、「どっちも良い」と言える考え方は、アートではあり得ます。
答えが一つじゃない、一人ひとり「らしさ」を認めることが、アートの特性であり魅力です。
地球上に70億人いたら70億通りの生き方がある。それぞれ価値があるということを、アートの考えを下敷きにして考えると理解しやすいですよね。
こうした考え方が、多様性のある社会を築く上で必要です。
アートが社会を変える
――アートの力が社会に影響を与える例を教えてください。
東京藝術大学では、「福祉×芸術」のプロジェクトを進めています。福祉施設にアートの機能を持ち込もうというもので、今年4年目になります。
一般的には「手を差し伸べる」「壊れたところを補う」というのが福祉ですが、アートの視点は違います。
目が不自由なことに関して、「それってどんな世界なの?ちょっと知りたい」という発想を持った職員なりスタッフが福祉施設にいると、空気が全く違ってきますし、実際に良い効果が出ています。
福祉の分野ばかりではありません。企業から学生をインターンとして受け入れたいという話がたくさん来ています。
今までのような資本主義的、経済至上主義的な考え方では答えが出てこない課題に、いわゆるアート的な視点を取り入れ、解決したいと考えているようです。
アートが社会を変える力に、人々が気づき始めています。これからは、美大を卒業した人材が社会で活躍する場が大いに増えてくると思います。
ひびの・かつひこ
1958年岐阜市生まれ。82年日本グラフィック展大賞受賞。84年東京藝術大学大学院修了。地域性を生かしたアート活動を展開。東京藝術大学美術学部先端芸術表現科教授。