絵を描くのが好き」「物作りが好き」という人は、一度は美大進学を夢見たことがあるのではないだろうか。美術学部や芸術学部ではどんなことを学ぶのか。日本を代表するアーティストで、東京藝術大学美術学部の日比野克彦教授に聞いた。(野口涼)
アートは心に宿る
――そもそもアートとは何なのでしょう。
アートと聞くと、絵画や彫刻、焼き物といった「物」に目が行きがちですよね。
「物=美術」であるという考え方にとらわれて、「アートとは?」という問いに対して、絵画作品を指さすような……。
しかし、絵や工芸などはあくまでも物。アートは成り立たたないのです。
――作品を作ったからといって、自動的にアートになるわけではないのですね。
鑑賞する人が、物から発信された情報を受け取って「ああ、なんだかきれいだな」とか「懐かしい気分になるな」など、何らかの感情が湧きあがった時、その物と鑑賞者との関係性を「アート」と呼びます。
アートは、物の中にあるわけじゃありません。
どちらかというと、鑑賞者の心の中に存在しています。「何かしらを感じるきっかけをくれるのが物である」と言ったほうがわかりやすいと思います。
人に伝わって成り立つ
――心の中にあるとは?
例えば、美術館に行って「すごいな」と思う絵と出会った時に、「この絵、この画家、すごいよね」という言い方をしがちですが、実はそうではありません。
絵は物です。白い紙、白いキャンバスの表面に絵の具がくっついている、それだけのもの。
それを見て「ウッ…!」と感銘を受けるその人がすごいということなのです。
――それでは絵や工芸などの作品の役割は?
「鑑賞する人の中にある『イメージする力のスイッチ』を押す」「イメージを引き出すきっかけを与える」ことです。絵にしろ、彫刻にしろ、すべての作品がそうです。
アートというのは、人に伝わったときに成立し、姿を現します。
ただ単に絵を描くテクニックが上達しても、アートになるわけではありません。
アートには一つの答えがないから、誰もが感動する作品はないんですよ。人によって感じるものは違います。ある人はドキッとするけど、ある人は何も感じず、スルーしてしまいます。
作品は比べられない
――世界的に有名な絵や作家がいます。なぜ有名になったと考えられますか?
有名な絵がなぜ有名かというと、それを見て感動した人が多かったり、美術史の中で新たな価値観を示したりしたからです。
さらに作品集などが出て紹介される機会が多いと、多くの人に知られます。
上手だから、優れているからという理由で有名になったというのは違うのです。
例えば、高校のクラスメートが描いた絵でも、「この絵、好き」などという感情が沸き上がれば、それは当然、すてきなアートです。著名と言われる画家の作品と比べることはできないのです。
アートが他の学問と一番違うのは、答えは一個じゃなく、むしろ「ないに等しい」こと。
当然美大だと成績つけなくちゃいけませんから、先生方は評価にとても苦労します……。他の学問と違うところですよね。
ひびの・かつひこ
1958年岐阜市生まれ。82年日本グラフィック展大賞受賞。84年東京藝術大学大学院修了。地域性を生かしたアート活動を展開。東京藝術大学美術学部先端芸術表現科教授。