「農学」と聞くと、農作物を育てる、土を耕すなど農業ばかりをイメージしがち。だが、分子レベルでの生命科学から地球規模の食糧問題に至るまで、学べる内容は実に幅広い。東京大学農学部の堤伸浩学部長と岩田忠久教授に、農学部の特色について聞いた。 (安永美穂)
微生物や動植物も対象
――農学とはどんな学問ですか?
微生物から植物、動物に至るまで、人間が利用する生物全般を研究対象とする学問です。農学部の中に、獣医学課程(6年制)を設置している大学も多くあります。
「生物がどう生きているのかを明らかにする」という基礎研究と、「生物を社会に役立てる方法を考える」という応用の両面から学べるのが農学部の特色です。
倫理観も重視される
――具体的にどう研究しますか?
自然界の生物がどのように生きているのかをじっくり観察することから始まり、進化の過程の中でどのような変化が生じてきたのかといった点にも目を向けることで、生物の生態への理解を深めていきます。そして、その理解を踏まえた上で、分子レベルや材料レベルなど、一つひとつのテーマに応じたレベルで科学を応用した改良を加えていくのが一般的です。
時には、技術的には可能でも、「生態系のバランスを崩すおそれがある」といった理由で、手を加えることを見合わせるべきケースもあるため、倫理観を持つことを重視する学問だといえます。
途上国の人々を救える
――社会でどのように役立っていますか?
例えば、熱帯地方で乳幼児の死亡率が高い一因として、ミルクをたくさん出せる乳牛が生息できず乳製品が不足していることが挙げられます。ですが、ゲノム情報を活用して、現地に生息する牛にミルクを出す性質を持たせることができれば、この問題を解決することも夢ではありません。
生命科学の分野では、今後もバイオテクノロジーを活用した品種改良や新たな材料などの開発が進んでいくことが予想されます。
また、これからの農業や地域開発は、持続可能かつ地球環境に負荷をかけないものでなければなりません。農学部は理系学部に分類されますが、途上国の人々が安定した食料生産を行う方法を考える「国際開発農学」や、限りある資源の有効活用と適切な分配方法を探る「農業・資源経済学」など、社会科学的なアプローチを行う分野も注目されています。
工夫し、粘り強く研究
――農学部に向いている人は?
生物が好きな人、実験やフィールドワークをやりたい人、環境問題や食糧問題に関心がある人、生物をベースとしたものづくり・技術開発で人の役に立ちたい人などにとっては、やりがいを感じながら学べる学部だと思います。
実は、現代科学をもってしても、自然界は解明されていないことばかりです。農学部の研究は生物が相手なので、一度成功した実験でも条件が変われば同じ結果が得られるとは限りません。
「まずはやってみよう」と考えて、どうすればよいかを工夫して粘り強く取り組める人なら、充実した研究生活を送れるでしょう。
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農学部で学べること
- (写真はすべて東京大学提供)
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(1)生産の技術やシステムを学ぶ
●農学
●園芸学
●水産学
●畜産学 など(2)生命科学を基礎・応用の両面から学ぶ
●生命科学・生命工学
●応用生物学
●生命システム科学
●生物素材化学 など(3)環境保全や食料・資源・地域開発について学ぶ
●生物環境工学
●生物資源科学
●農業・資源経済学
●国際開発農学 など(4)動物の医学を学ぶ
●獣医学
●動物看護学 など
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堤伸浩教授 写真右(東京大学大学院農学生命科学研究科長・農学部長)
つつみ・のぶひろ 専門は植物分子遺伝育種学。
岩田忠久教授 写真左(東京大学大学院農学生命科学研究科教授・国際交流室長)
いわた・ただひさ 専門は生分解性バイオプラスチック。