藤原和博さんは、リクルート社で営業や出版社の創業などを手掛けた後、中学・高校の校長を務めた異色のキャリアで知られる。これまで3000冊以上の本を読み、仕事に生かしてきたという。最終回は、読書とスマートフォンの関係について聞いた。(野口涼)=4回連載

ふじはら・かずひろ 教育改革実践家。東京大学経済学部卒業後、リクルート入社。メディアファクトリー(出版社)の創業などを手掛けた。杉並区立和田中学校や奈良市立一条高校で校長を務めた。「本を読む人だけが手にするもの」(日本実業出版社)など著書多数。

スマホに「人間が」道具にされる

――昔は電車で本を読んでいる人が多かったですが、今は変わってきています。

駅のホームで電車を待っているとき、自分を含め、周囲の人たちのほとんどがスマートフォンをいじっていることに違和感を覚えることはないでしょうか。今や私たちは乗り換えも道順もスマホに聞き、その通りになぞる日々を送っています。

例えば、ナビは、運転する人々の位置情報についてGoogleマップを介して取得することで「渋滞しているルート」を把握。べつのルートを通るように指示してきます。まるで人の方がスマホの道具にされているかのように見えることもあります。

今の若い人たちは、何かを調べようとする時、考えるより先に「ヤフー知恵袋」といった質問サイトで答えを聞く傾向があります。そのほうすぐに答えが得られるからです。
本人は調べているつもりなのかもしれませんが、実際には「ネットの向こう側」に疑問を投げているだけです。外食する店も、クチコミサイトの評価で決める人がなんて多いことか。でも本当においしいかどうかは自分の舌で確かめないと分かりません。
このまますべての判断をネットワークに頼るようになったら、人間とはいったい何なのでしょう。最終的にはネットワークに飲み込まれてしまうのではないでしょうか。そんな未来が100年先、いえ、早ければ30年先に訪れるかもしれません。

今のまま「判断の外部化」が進むと、私たち人間が人間である意味が消えてしまいます。高校生の皆さんには、自分自身で考え、判断する力を身につけてほしいと心から願っています。

深い思考力は本だから身に付く

――スマホでの情報と本で得た情報には、どんな違いがあるのでしょうか?

高校生の皆さんの中には「情報はスマートフォンで収集しているから読書は不要」と考える人もいるかもしれません。でも、スマホで得られるのは、例えて言えば、「池上彰さんがニュース番組で語る情報」です。簡潔で分かりやすいのが長所ですが、それを見たからといって深い思考力は養えません。

一方、同じテーマを扱っていても、「池上さんが書いた本」を読めば、その深みは一目瞭然です。さらに、スマホやテレビで得られる情報の多くは、「白か黒か」「良いか悪いか」「0か1か」といった二項対立によって示されますが、世界はそれほど単純ではありません。深い思考力は本を読むことによってしか身に付かないのです。

SNS時代だから読書が生きる

――SNSについてはどう思われますか?

私たち一人一人がまるで新聞社や放送局、出版社のように写真や動画、文章を発信できるようになりました。高校生の皆さんにとっても、LINEやツイッターといったSNSはとても身近なものですよね。

しかし私たちがいくら世界に向けて情報を発信しても、それが誰にも注目されなければ意味はありません。多くの人たちに実際に読んでもらうには、自分の考えを持って発信して書いているかどうかはもちろん、最低限文章が練れている必要があります。

それは社会人になっても同じです。結論をいうと、世の中では「文章を書ける人」こそ、さまざまな選択肢とアクセス権(重要人物と会う権利)を得ることができるのです。読書をして、良い文章をたくさん読み、脳のなかに文章を書くための回路をつくってください。ちなみにツイッターで注目されるコツは、結論を先にいうこと。また、起承転結のすべてを言おうとすると140字で足りませんから「転」で終わりにしてよい。それが「今の文章」のありかたです。