エレベーターに乗って、宇宙に行く。夢みたいな話だが、すでに現実の研究として進んでいる。主導するのは、ロケット会社でも国の機関でもない、総合建設会社・大林組だ。宇宙エレベーターの開発に携わる技術本部未来技術創造部の新述(にいのべ)隆太さんに、なぜ建設会社が宇宙に挑むのか、宇宙の仕事の面白さは何かを聞いた。(文・黒澤真紀、写真・椎木里咲)

宇宙にも「住む場所」を建設する

―新述さんが所属する「未来技術創造部」は、なんだかワクワクする名称ですね。どんな仕事を担う部署ですか?

建設会社の技術を元に、新しい分野に事業を広げていくために2019年に作られた研究部門です。2030年、40年、50年の社会がどうなっているのかを想像して未来のビジョンを描き、逆算して「今どんな技術を研究すべきか」を考えています。

新述隆太さん(大林組技術本部未来技術創造部)。現場監督、技術研究所を経て、22年4月から現在の部署で宇宙関連技術の開発を務める

―建設会社が宇宙開発に携わるのは、意外に思います。なぜ、宇宙に挑戦するようになったのでしょうか?

将来、人が月や火星に住む時代が来た時、住む場所を作るのは「建設の役割」だからです。昔は宇宙開発といえば国の機関だけが手がけていましたが、今は大小問わず民間企業の参入が増え、宇宙産業は大きく伸びると期待されています。

建設会社にとっては異分野に見えますが、宇宙で暮らす環境作りには建設技術が欠かせません。

―建設の技術と宇宙開発関連の技術は、どうつながりますか?

例えば、構造計算や安全性の確保など、建設の基本となる技術はロケット打ち上げのサポートに応用できます。宇宙で人が住むための建物の設計にも、建設の技術は欠かせません。

開発が進む「宇宙エレベーター」

―「宇宙エレベーター」の開発を進めています。仕組みと目的を教えてください。

人や荷物を宇宙に運ぶため、地上と宇宙をつなぐ、とても長いエレベーターのような仕組みの建設物です。赤道近辺にある基地「アースポート」から、96,000kmものケーブルをのばし、その上をクライマー(エレベーターのかご)が進みます。

宇宙エレベーター。地上から宇宙まで伸びる巨大なケーブルで、ロケットを使わずに人や物を運ぶ宇宙エレベーター(大林組提供)

費用が安く環境に優しい

―ロケットで宇宙に行けるのに、なぜ宇宙エレベーターを作るのでしょうか?

ロケットより費用が安く、燃料をほとんど使わないので環境にも優しいからです。宇宙エレベーターは、地球の回転で生まれる遠心力を利用して人や荷物を宇宙へ送り出す仕組み。遠心力が重力より強くなる高さまでクライマーを運び、その地点でハンマー投げのようにポンっと手放すと、目的地に向かって自然に飛んでいきます。軌道計算をすれば、月や火星に資材を届けることも可能です。ロケットが燃料からエネルギーを得ているのに対して、宇宙エレベーターは地球の自転の力を借りて宇宙に資材を送ります。

ロケットのように大量の燃料を燃やす必要がないため、CO₂をほとんど排出しません。コストも低く、環境にも優しい方法です。

一般の人も宇宙旅行へ

―2050年以降の実用化を目指していますね。完成したら、社会はどう変わりますか?

宇宙エレベーターは月や火星に資材を届けるだけでなく、人工衛星を運ぶことも想定しています。衛星産業が盛り上がれば、衛星から得られる情報が増えて、天気予報や農業の精度が上がります。また人や資材をより多く輸送できるようになれば、宇宙での研究や一般の人が宇宙旅行をする機会も広がります。宇宙開発は利益を追うだけの活動ではありません。災害対策や地球環境への貢献など、社会を良くするための取り組みでもあります。

落雷の影響をシミュレーション

―新述さんが携わっている仕事は?

宇宙エレベーターのケーブルを研究しています。地球から宇宙まで数万キロ伸びるケーブルが、落雷を受けた時の温度上昇や揺れによる振動、どの程度の力に耐えられるのかを、シミュレーションと実験で検証しています。

具体的にはケーブルに人工の雷を流して温度変化を調べたり、クライマーの小型モデルの開発をしたりしています。

月に建つ発電タワーの仕組みを模索

―ほかにも宇宙に関連する仕事を担っているそうですね。

「月面の発電タワー」の設計も担当しています。月面に人類の活動拠点を作るためには、まずは電力を確保しなければなりません。そのために月で発電するための約10mの太陽光発電タワーの開発をしています。高さを上げると日照時間は増えますが、コストや構造上のリスクも高まるため、物理と建設技術の両面から最適な高さを算出しています。

月面の発電タワー(大林組提供) 

空中発射ロケットも研究中です。巨大な気球にロケットをつり下げ、成層圏まで引き上げてから発射する方法を、外部の研究機関と共同で研究しています。空気抵抗の少ない成層圏から発射することで、燃料を大きく節約できます。私は、宙づり状態のロケットの発射する方位角を制御する装置の開発を担当しています。

ロケットの発射実験(大林組提供)

宇宙分野の研究は手探り

―1日の仕事の流れを教えてください。

複数のテーマの研究を行っているので、共同実施者との打ち合わせが一日に数件あり、残った時間で研究を進めています。仕事内容は研究が7割、展示会の準備や大学や研究機関での講演など広報系の仕事が3割ほどです。

―仕事で一番苦労する部分は?

通っていた大阪大学では物理学を専攻し宇宙の理論を学んでいましたが、宇宙エレベーター研究は初めて携わる分野。専門外の技術や解析を一から学ぶのが大変でした。

建設の専門家は社内にたくさんいますが、宇宙分野はまだ専門家が少なく、手探りで進める場面が多いところです。限られた予算の中で研究を前に進める必要もあり、調整が難しさにつながっています。

今は大学や他の企業と共同研究を行い、外部の専門家のみなさんと話し合いながら進めています。建設と宇宙の異分野が協力するため、コミュニケーション力や調整力がとても重要です。

外部との共同研究は、自ら声をかける場合も、声をかけられる場合もある。いずれも重要なのが、密なコミュニケーションだ

―やりがいはどこにありますか?

未来の宇宙産業をつくる最初の段階に関われるところですね。宇宙開発はまだ競合他社が少ない「ブルーオーシャン」で、研究を進めることが建設技術全体の底上げにもつながる点にもやりがいを感じています。

望遠鏡で土星の輪を見て宇宙にひかれ

―なぜ、建設業界への就職を選んだのでしょう?

子どもの頃に望遠鏡で土星の輪を見たのがきっかけで宇宙に興味を持ち、大学の学科も宇宙について学べる物理学科を選びました。同時に、大きな建物を作る仕事にも憧れがありました。修士課程の時に宇宙エレベーター建設構想を知り、「入社のタイミングで宇宙と建設の両方に関われる!」と、大林組に入りました。

高校の数学で論理的に考える力がついた

―今のご自身に影響を与えた高校、大学時代の経験を教えてください。

高校3年の受験直前、数学の問題がどうしても解けず悩んだとき、先生にヒントをもらって一気に理解が進む経験をしました。それをきっかけに数学の面白さを知り、論理的に考える力が身につき、今の研究にも生きています。大学で学んだ基礎物理も、今のシミュレーションの考え方に直結していて、研究で大きく役立っています。

緊張しつつも、いきいきと自分の言葉で質問する高校生記者たち

「どんな自分になりたいか」思い描いてみて

―社会人になって気づいた、働く上で大切なことを教えてください。

一番大切なのはコミュニケーション能力です。どれだけ良いアイデアでも、相手に伝わらなければ形になりません。一人の人間ができることには限りがあるので、周りの人と協力して仕事を進める力がとても重要だと感じています。

―高校生のうちに何をやっておけばよいでしょうか?

将来どんな自分になりたいかを一度具体的に思い描いてみてください。理想の姿がはっきりすると、そこへ近づくために何を学ぶべきかが見えてきます。専門性を身につければ進む道が広がりますよ。

にいのべ・りゅうた 1993年生まれ。埼玉・春日部共栄高校出身。大阪大学理学部物理学科卒業、同大学理学研究科宇宙地球科学専攻修了。

【高校生記者の取材後記】人を感動させるものが作れる仕事

新述さんが宇宙のことを語る時、キラキラした瞳で学んだことや感動を共有してくださり、大きな感動を覚えました。スカイツリーを作ったり大きな橋を架けたり、どの仕事も一世一代の大仕事。ゼネコンは人を感動させるものを作れる、すばらしい業界だと感じました。(高校生記者・くるひ=3年)

大林組のオフィスを見学した高校生記者の二人。ロケットの模型と大林組のヘルメットを手に記念撮影

【高校生記者の取材後記】挑戦の精神は夢を叶えてくれる

人生で何を目標とするかは、人によって違います。「宇宙開発」という人類のロマンに挑戦する大林組は、キャリアを考えるにあたって、「自身の興味と合致する会社に就け」という教えを与えてくれたように思います。「宇宙エレベーター」という不可能にも見える挑戦を追い求める精神は、これからも人類の夢をかなえ続けてくれると感じました。(高校生記者・スー=2年)

株式会社大林組

 

1892年創業。従業員数は9386人(2025年3月末)。日本を代表する総合建設会社(スーパーゼネコン)で、土木・建築を中心に、都市再開発、不動産、エンジニアリングなど多岐にわたる事業を展開。

東京スカイツリーや六本木ヒルズ森タワーなど国内外のランドマークを手がけてきたなど、インフラから新領域まで幅広く挑戦する企業だ。