前橋真子さん(山梨・北杜市立甲陵高校3年)には、重度難聴の妹がいる。いつも「しっかり者の姉」として見られていることに、「本当の私」を見失い葛藤を抱えていた。「本当の私」を見つけるまでの日々を、弁論の舞台で発表した。(文・写真 椎木里咲)
初めて呼んでくれた「お姉ちゃん」
前橋さんには、重度難聴を抱える2歳下の妹がいる。幼いころに「人工内耳」をつける手術をして、発話を練習していった。
最初はなかなかうまく言えなかった「おはよう」も、だんだんと上達。数年たち、妹が初めて「お姉ちゃん」と言ってくれたときは、家族みんなで大喜びして涙を流した。

「しっかり者の姉」として見られ
一方で、前橋さんは妹に対してもやもやした気持ちを抱えていた。妹が生まれてから、友達や先生、近所の人から「お姉ちゃん、えらいね」「しっかり者だね」と言われ続けていたからだ。「『しっかり者』と言われるのはうれしかったけれど、『えらいね』と言われると悔しかった。『妹の姉』としか見られておらず、本当の私を見てくれていないと思っていました」
妹のことは好きだ。しかし、どこかうらやましい気持ちもあった。「私はみんなから『しっかり者』であることを求められているのに、妹はのびのびしていていいな、と感じていたんです」
「お姉ちゃんと同じ学校に行きたい」
前橋さんの心に転機が訪れたのは、妹が小学校に上がるタイミングだ。妹は聾学校の幼稚部に通っていたが、楽しそうに小学校に通う前橋さんの姿を見て、「お姉ちゃんと同じ、普通の小学校に行きたい」と言い出した。
「私にあこがれて『一緒に学校に行きたい』と言ってくれたんです。妹は『しっかり者の姉』でなく、『本当の私』を見てくれているんだと感じました。それからだんだん、妹に対するうらやましさがなくなったんです」
「自分の言葉で誰かを動かしたい」
前橋さんは自身の経験を「第49回全国高校総合文化祭(かがわ総文祭2025)」の弁論部門で発表し、優良賞を受賞した。
妹とはとても仲がいい。「年が近いのでけんかすることもあるんですけど」と笑う姿からは、かつての葛藤は見られないほどだ。

今、前橋さんには夢がある。前橋さんは小学校のころまで、妹の耳のリハビリのため、耳の聞こえない人が集まるコミュニティーを訪れ、音楽を使って子どもの心身の発達を促す「リトミック」に一緒に通っていた。「一緒に演劇をやるなど、ボランティアをしていました。そこで自分は、人前で話すのが好きだと気づいたんです」
いろいろな背景を持つ人と関わる中で、「自分の言葉で思いを伝える大切さ」を知った。「アナウンサーなど、言葉で人を動かせる人になりたいです」