福井県立大学に2025年春、国内初の「恐竜学部」(定員30人)が新設される。学部名のインパクトとユニークさから注目が集まっており、総合型選抜の倍率は10倍を超える人気ぶりだ。学部長に就任予定の西弘嗣教授(現・同大恐竜学研究所長)に、いったい何を学べるのか、どんな力が身に付くのかなどをたっぷり話してもらった。(文・野村麻里子、写真・福井県立大学提供)

「恐竜王国・福井」で研究の発展目指す

―恐竜学部の設置の経緯をお話しください。

進士五十八(しんじ・いそや)前学長と、日本の恐竜研究の第一人者である東洋一先生(恐竜学研究所前所長)の発案でした。

福井県は、恐竜化石の発掘量日本一を誇る恐竜王国。東先生は、1989年に県が始めた恐竜化石の発掘を先導されてきました。県立恐竜博物館(勝山市、2000年開館)も、東先生が故・栗田幸雄元県知事に掛け合い設置に向けて尽力されました。博物館は恐竜王国の要になっています。

福井県立恐竜博物館による発掘作業の様子
 

―東先生が軸となり、恐竜研究を拡充されてきたのですね。

恐竜学研究所も福井県立大学の附属機関として2013年に設立されました。現在、研究所の教員による教育は、大学院でないと受けられません。そのため、地学や地質学、古生物学など恐竜研究を深めるための基礎知識が学部生時代に身に付けられない問題点がありました。

恐竜研究を発展させていくため、学部教育から知識を身につけ広い視野を持つ人材を育てないといけない。そんな思いで「恐竜学部」を発足させることにしたのです。私は、東先生が定年に伴い退職されたことで引き継いだ形になります。

人の生き方のヒントを探る

―「恐竜学」の研究は、社会にどう貢献しますか?

地球の気候は温暖期のほうが長く、現在は寒冷化してやや温暖化し始めている状態です。今後さらに温暖化したときにいったいどういう環境に変わるかは、過去を研究しないとわかりません。

恐竜が生きていた白亜紀は、二酸化炭素の濃度が今と比べて5倍以上あったと言われています。二酸化炭素がどう吸収されていったのか、メカニズムも明らかになっていません。

実際に野外に出て地層の観察も行う
 

―恐竜が生きていた時代に比べれば、今の地球温暖化は「まだまだ」ですね……。

両極に氷がなかったと言われるくらい温暖な環境でした。どれくらい雨が降るか、自然環境は森林地帯かサバンナなのか、それらが地球にどのくらい広がっていて、恐竜はどこに住んで、どうやって環境に適応していったのか。

「なぜ恐竜が大量絶滅したのか」という問いに答えるには、恐竜の研究だけだとわからない。環境などの外的要因は、これまでの恐竜学にはあまり含まれなかった学問領域になります。

恐竜という生き物がこの地球でどう適応して生まれて死んでいったのかを明らかにすることで、これから環境が変わって、哺乳動物あるいは人間がどう進化して、どう滅んでいくか「生物進化」を明らかにできるのです。人間がこれからどうやって生きていけばよいかのヒントは過去に眠ってます。

恐竜を研究することが人間の未来につながる
 

「恐竜だけ学ぶ学部」は勘違い

―「恐竜学部」と聞くと、恐竜のことだけをひたすら学ぶイメージがあります。

恐竜だけの研究をやっていると「恐竜の本当の姿」はなかなか見えてきません。過去の生物は、絶滅していますから生態観測ができないし、昔どうやって生きていたか、環境もわからない。恐竜の姿を復元して、進化を明らかにしようと思う時には、原生の環境や今存在する生物と比較するしかない。それができなければ、ドラえもんのタイムマシーンを発明して過去に行くしかない……。

―では、恐竜学部では何を学んでいくのでしょうか。

1年次は一般教育科目のほか、古生物学や地学、地層学などの基礎を学び、2年次以降に専門的な知識や技術を深めます。3年次に「恐竜・古生物コース」「地質・古環境コース」の二つのコースに分かれます。といっても、地質・古環境を選んでも恐竜研究ができます。環境や恐竜絶滅を含めた視野の研究をするコースです。いずれのコースでも4年次には卒論をまとめてもらいます。

 
4年間のカリキュラム(福井県立大学ホームページより)

恐竜博物館で研究成果をアウトリーチ

―恐竜学部のキャンパスは、県立恐竜博物館と同じ勝山市に建設していますね。

県立恐竜博物館と密接に連携しながら研究を進めます。地域貢献は公立大学の使命の一つです。恐竜学の研究成果を、地域・社会で活用します。そのために、学生が博物館の新しい展示物を作る予定です。博物館は、同じ展示だけを続けては、飽きられてしまいます。

研究しながら、「恐竜博物館でアウトリーチ(周知)」する。恐竜学部が博物館の新しいコンテンツを次々に提供していきたいんです。新しい恐竜の知見をどんどんみなさんにお見せして、地域貢献につなげていきます。

勝山キャンパスの恐竜学部棟のパース。世界的にも有名な建築家・隈研吾氏による設計だ(画像・福井県提供)
 

―具体的に学生は博物館とどう関わるのでしょうか。

恐竜学部では、学生が研究成果をアウトリーチすることにも重きを置きます。模型作り、あるいはアニメーションの形態もあり得ます。観光資源化してもよいのです。

アウトリーチする力は、どんな職業についても求められる能力です。恐竜博物館で実際に来館者に展示の解説をして、どんな展示を設ければ来館者の理解が深まるか提案する。授業科目としてアウトリーチ教育を行います。

隣接する恐竜博物館で研究成果を来館者に伝えられるのも醍醐味だ
 

CTやドローン、最先端技術のスキルを身につける

―どんなスキルが身に付きますか?

我々は、生理学的な解析を用いた新しい恐竜学を構築しようとしています。

「CT(コンピューター断層撮影。X線を用いて断面を画像化する)スキャン」で恐竜の骨の構造を見て、歩く姿勢、生理状態を分析するといった実習の時間をたくさん設けています。恐竜の標本をCTスキャンにかけて画像を組み立て、パソコン上で骨を作ってみるなど、恐竜研究ではCTが欠かせません。デジタル科学を扱う力を養えます。

まず、野外に出て恐竜の骨が発掘された自然を観察し、どういう環境で暮らしていたかデータをとる。画像を撮って、処理して、コンテンツ化して……これからの社会で活躍するには、デジタル技術をある程度習得しているかは非常に大きいと言えます。

骨の化石をCTスキャン

発掘や地質調査で「自然観測力」をつける

―自然観察の力も重視されていますね。

野外に出て発掘や地質調査などを行い、自然観測力を養うのは恐竜学部の大きな柱です。国内の恐竜の発掘現場のほか、3年次に参加希望者は海外の発掘現場へも行けます。

地球の気候変動、震災や大雨、洪水などの災害に注目が集まっています。日本は災害大国で、今後も多く災害が起こるでしょう。室内でパソコンを打っているだけでは対策が立てられません。現場に出て観察することが必要です。

例えば、水がここから出ているから地滑りが起こりそうなど、自然を観測して、対策を立てられる人材の需要は高く、人手も全然足りていません。建設会社や土木会社はもちろん、これからの時代、自然観察の力は全ての人間に必要になってくると思います。

自然科学はカオス。自然と相対して観測する時は、AIのようなデジタル技術だけでは無理で、アナログな人間の感性でも対応する必要があるのです。

海外へも赴き発掘作業ができる機会も提供する

建設・土木、デジタル解析…需要ある業界に強み

―就職先が気になります。

研究職につけるのはごく一握りだから、恐竜の研究をしても就職がないんじゃないかと思われるかもしれません。説明したように、恐竜学部では恐竜だけを研究する訳でなく、自然観察力やデジタル分析のスキル、アウトリーチする発信力を身につけます。だから、就職先がないんじゃないかという質問は適当ではない。建設・土木業界など、自然を相手にする職業は需要が高いのに人材不足です。むしろ引く手あまたです。

例えば、土木の現場のトンネル工事で壊れている部分を明らかにするためにドローンを使ったり、レーザースキャンで測量したり、集めたデータを解析したり。これらは全て恐竜学で学ぶ力とつながります。デジタル技術を身につけデータ分析も学ぶので、デジタル系の産業でも力が発揮できますよ。発信力もつくので営業もできる。多岐にわたる職業の道があります。

一生恐竜を愛でる生き方ができる

―恐竜学部に関心がある高校生にメッセージをお願いします。

アニメが好きな人も、怪獣が好きな人も、どんな職業に就いていても趣味として楽しめますよね。恐竜研究も一緒で、研究者にならなくったって一生関わって楽しめるんですよ。

YouTubeやSNSなどで恐竜が好きで発信している人、恐竜のイラストを描いている人を見かけます。好きだけど専門家ではない人がほとんどです。我々はそうした恐竜愛がある人の活動をサポートできる体制を大学に作りたい。恐竜学で学んだことを社会的に生かす職業につけるチャンスもある。学生が「一生恐竜の模型を作って暮らしたい」という思いがあれば、それを叶えることもできるかも。

CTスキャンしたデータを用いて恐竜の骨のモデルをつくる

「卒業したらはい終わり」ではなく、卒業生のネットワークを作り、博物館の展示のサポートや、興味があるなら発掘のボランティアもできるようにしたい。大学の先生とのつながりも維持できる。

「恐竜に興味がある人はみんな福井県に住んでください。恐竜博物館と恐竜学部でみんなで一緒に恐竜を楽しんで人生を生きていきましょう」。そういう形になるのが一番よいなと思っています。

―となると、恐竜愛が深い高校生しか求めていないですか?

もちろん、恐竜への情熱を持った人は全員受け入れたいくらいの思いです。ただ、恐竜に限らず、野外での研究や「昆虫が好き」「宇宙が好き」など自然科学に興味があって明らかにしたいことがある人は誰でもウェルカムですよ!

「鳥が何で飛ぶか分からない。恐竜と鳥との関係を探りたい」「隕石衝突と生物の影響について学びたい」。それもよいですね。いろんなバリエーションで学べるので、ぜひ自然科学に関心がある高校生に門をたたいてもらいたいです。

にし・ひろし 

福井県立大学恐竜学研究所長。九州大学大学院理学研究科博士後期課程修了(地質学専攻)、理学博士。専門は古生物学、地質学、古環境学。

恐竜学部(定員30人)25年度入試情報

  • ■一般選抜前期日程(15人)
  • 学力検査等・2/25(火)、合格発表3/6(木)
  • ■一般選抜後期日程(3人)
  • 学力検査等・3/12(水)、合格発表3/21(金)
  • ■学校推薦型選抜(6人)
  • 学力検査等・11/23(土・祝)、合格発表12/2(月)
  • ■総合型選抜(6人)
  • 学力検査等・11/24(日)、合格発表12/2(月)
  • ■特別選抜(若干名)
  • 学力検査等・11/25(月)、合格発表12/2(月)、1/8(水)

※詳細は入学者選抜要項および各選抜募集要項を確認