日本も世界も数々の困難に直面する中、社会課題を解決しようと起業する学生が注目されている。本嶋向日葵(ひまわり)さん(東洋大学2年)もその一人だ。都立晴海総合高校在学中に東京都の起業家講座で学び、高校3年時にフィリピンの貧困問題の解決を目指して事業を始めた。その経験を生かして大学入試も突破。学部で地球規模のイノベーションの道筋を学びながら、自らの事業を発展させようとしている。(文・中田宗孝、写真・幡原裕治)

 

高校3年起業「貧困にあえぐフィリピンの主婦を救いたい」

―高校生のときに起業した事業の内容を教えてください。

高校3年生のとき、フィリピンで「冷蔵庫プロジェクト」という事業を始めました。発展途上国で暮らす子育て中の主婦に、冷蔵庫購入費と少額の仕入れの資金を貸し、自宅の玄関先で個人商店を営んでもらう支援ビジネスです。

子育てに追われるフィリピンの貧困家庭の主婦は、外に働きに出られず、夫の収入のみに頼るのが実情。冷蔵庫プロジェクトで、主婦が自宅にいながら稼げ、世帯収入の倍増と生活の安定を目指してもらっています。

高校の課題研究でも冷蔵庫プロジェクトをテーマにしました。フィリピンでなぜ貧困の連鎖が続いているのか、どうすれば解決できるのかなど、より貧困問題を根本的に考えました。

学生起業家として活躍している本嶋向日葵さん

―現在の運営状況は?

2022年4月にフィリピンのマニラで、現地の主婦の方が店主を務める商店をオープンさせました。主力商品はドリンク類で、週末や近所の住民の誕生日にはお酒がよく売れています。子ども向けにアイスキャンディーの販売もしています。

現在、月の売上は日本円で約3万2000円。彼女の夫と同じくらいの収入を得ています。私の役割は、売上データの管理や、売れ筋商品の検討などの経営分析です。彼女とは週1回のオンラインミーティングをすることで、密なコミュニケーションを図っています。

「冷蔵庫プロジェクト」の1号店で働く店主の女性(本嶋さん提供)

「子どもが学校に通えた」現地の報告にやりがい

―なぜ海外で事業を始めたのですか。

私の母はフィリピン人、父は日本人で、4歳までフィリピンで暮らしていました。高2のとき、当時の私は「何も持っていない自分」が嫌で、「何かをつかみたい」「自分自身を深く知りたい」という思いからフィリピン留学を決意しました。留学して目撃した「貧困の景色」が、幼いころに私がフィリピンで目にしていた光景とまったく変わっておらず、切ない感情が募っていったんです。

自分のルーツでもあるフィリピンの貧困層の人々の苦しみは、決して他人事じゃない。「何かしてあげたい」「草の根運動でもいいから自分の手でこの現状を変えたい」。そして、「ビジネスによって『誰一人取り残さない(Leave No One Behind)』社会を実現させたい」という気持ちが芽生えていきました。

ビジネスにかける思いを語る本嶋さん

―やりがいはどんなときに感じますか。

フィリピンには、経済的な事情で進学をあきらめる子どもが大勢います。ですが、私が運営する店舗の店主の子どもたちは、全員学校に通えています。彼女がうれしそうにそのことを伝えてくれたとき、「起業してよかった」と思いました。

東京都の起業家養成プログラムに参加、プロから指導受けて成長

―本嶋さんは、東京都が主催する高校生起業家養成プログラム「起業スタートダッシュ」の1期生でした。講座ではどんなことを学んだのでしょうか。

構想していた冷蔵庫プロジェクトのプランをもっと深めていきたい思いがあり、応募しました。講義の中で学んだ「リーンキャンバス」(1枚のシートにビジネスモデルを書き出し可視化させるもの)では、何が課題なのか、問題をクリアにする解決策は何かと、自分のビジネスを見つめ直せました。

ほかにも、今までぼんやりとしていた顧客層を考えるきっかけにもなったんです。どんな顧客に向けてビジネスを展開するかがより鮮明になり、冷蔵庫プロジェクトの事業内容をブラッシュアップできたと実感しています。

「『起業スタートダッシュ』でビジネスプランをブラッシュアップできた」と話す

―起業に必要な知識を身に付ける中で、自らの成長はどんな部分で感じましたか。

起業スタートダッシュには「メンター」と呼ばれる、私たちの活動をサポートしてくれる方々がいます。起業家のサポートを実際に行っているプロの方が、「こんなやり方があるよ」「こっちを試してみたら」と、背中を押してくれるんです。「もっと挑戦していいんだ!」と、意欲が高まりました。

私は考えを人に伝えるのが苦手で、受講当初は自分の描くプランを全く伝えられませんでした。しかし、プレゼンをする際にメンターの方から「自分の言葉で伝えてみよう」というアドバイスをいただき、自分が何をしたいのか、どうするべきなのかを自分の言葉で話せるようになりました。ビジネスプランを自分の言葉で届けることは、起業家にとって欠かせないスキルの一つなんです。

「自分のあるべき姿」先輩起業家と出会い

―第一線で活躍する起業家の話を聞く機会があるのも魅力ですね。

はい。私の場合は、フィリピンで起業した日本人の女性起業家にお会いする場を作っていただきました。その方から自分の将来あるべき姿を見せてもらえましたし、目標にする起業家の一人になりました。

事業に関わるアドバイスもいただき、昨年、私自身がフィリピンで個人事業主の登録を行いました。今後、冷蔵庫プロジェクトをフィリピンで法人化する計画があり、その際、個人事業主になっておいた方がスムーズに手続きができるんです。現在もその女性起業家の方とは交流を続けていて、お互いの近況報告をしあっています。

―高校3年生の時にビジネスコンテストにも参加して最優秀賞に選ばれましたね。

「高校生ビジネスプラン・グランプリ」(日本政策金融公庫主催)の存在を知り、挑戦しました。冷蔵庫プロジェクトの事業内容をプレゼンしたのですが、自分の中では納得のいく発表ではなかったんです。だからグランプリの発表で名前を呼ばれ、びっくりしました……! 受賞がきっかけで、ぐっと人脈のネットワークが広がりました。

高校時代には「第10回高校生ビジネスプラン・グランプリ」に出場し、最高の賞に当たるグランプリを受賞した(中田宗孝撮影)

フランチャイズ展開目指し「フィリピンで1000店舗出店」が目標

―進学先の大学はどのように考えて選んだのでしょうか。

冷蔵庫プロジェクトを世界に広げていきたいという思いがあり、ビジネスや経済が全部英語で学べる大学を探したところ、東洋大学国際学部グローバル・イノベーション学科を見つけたんです。総合型選抜で受験し、合格しました。大学説明会の個人面談の際に「世の中の問題を解決しようとする人を大学は求めている」と言われました。高校時代に起業した経験がアピール材料になったと思います。

―プロジェクトの今後の展望を教えてください。

将来的にはフランチャイズ展開を目指していきたいです。2店舗目の店主になってもらえそうな主婦の方を探している最中です。まずはフィリピンで1000店舗の出店を目標とし、その後プロジェクトをアジア・アフリカなどの途上国にも広げたいと考えていています。

都立高校に通う高校生記者の山本真由さん(左)が本嶋さんにインタビュー

―今の目標を教えてください。

ビジネスを進める中で、まだまだ自分自身の足りなさを痛感することがあります。学生のうちに、経営・経済に関する知識はもちろん、交渉術やマネージメントをもっと学んでいきたいですね。

今年の夏には、スペインのバスク地方の大学に留学します。留学先では国際マーケティングを学びながら、現地のインキュベーション施設を訪れたり、海外の起業家とも交流したりできたらと思っています。

起業は「失敗してもいい」小さな勇気を増やしていこう

―どうすれば本嶋さんのように自分で設定した目標に向かって、挑戦し続けられるのでしょうか。高校生にアドバイスをお願いします。

目標に向かって進んでいても、何かをきっかけに軸がブレてしまい、迷いや不安が生じる瞬間は誰にでもある。そんなとき私は原点に立ち返ることがとても大切だと感じます。私の場合は、「誰一人取り残さない社会を作る」という、自分の軸となる言葉を思い起こすんです。そんな原点に戻れるものを作っておくと、目標に再び突き進んでいけると思います。

「学生のうちに経営や経済の知識を学びたい」と語る本嶋さん

―グローバルな視野の持ち方や英語力の磨き方を教えてください。

もっとも効果的な手段は、やはり海外留学です。私自身もフィリピン留学を経験し、外の世界から日本を見られたことで自分の人生観が変わりました。

英語力を向上させるためには、日常的に英語を使うのが一番の理想。例えば、高校にも外国人の先生がいると思います。その先生と「毎日10分間だけでも英語で会話する」と決め、英語を使わなければいけない環境を自ら作り出すのもありかなと。

あと私は、洋楽をよく聞いて英単語を覚えています。歌詞の中にスラングが多用される曲も多く、実用的な言い回しが学べるんです

―起業を考える高校生たちに、先輩起業家としてメッセージを。

「小さな一歩を踏み出せるか」です。起業は「失敗してもいい」という心持ちで、小さなことから始める勇気を持つことが大事。私の起業への一歩は、自分のお年玉3万円で、フィリピンでの事業に使用する冷蔵庫を購入したことでした。小さな勇気を一つ、また一つと増やしていき、私は自分の世界を広げていきました。

【取材後記】やりたいことに挑戦したい

本嶋さんと山本さん

印象に残ったのは、本嶋さんのチャレンジ精神です。お年玉を元手に起業するなど、小さな一歩から行動に移しているのがすごいと思いました。

目標を達成するには自分の軸を見失わないことが大切だという話が心に響きました。自分がやりたいことには、小さなことからでも果敢に挑戦していきたいと感じました。(高校生記者・山本真由=都立高校2年)