AIの進化などにより働き方が大きく変わりつつある中、自ら行動して新しい価値を生み出す「アントレプレナーシップ(起業家精神)」を持つことが、将来どんな道に進むとしても重要とされている。一方で起業家教育の普及は道半ばだ。高校生が起業家精神を身につける意義やメリットを、早稲田大学ビジネススクールの長谷川博和教授に聞いた。(安永美穂)

高校時代から起業家教育を受けよう

漫画・森ノリコ

「起業家精神は会社員や公務員になる人にも必要」

―「アントレプレナーシップ(起業家精神)」とは、どのようなことを指すのでしょうか?

さまざまな定義がありますが、分かりやすく言うと「既存の古い概念を打ち破って新しい考え方を作ろう」という考え方や姿勢を指します。そのためには「世の中をこう変えていきたい」という志を持つことが大切です。

志を実現するには、「自分はこういう価値観を大切にしたい」という理念を持ち、「こういう取り組みをすれば、こういう成果が得られるのではないか」という仮説を作り、それを修正しながら、何らかの成果を出す必要があります。

成果というのは、お金として表れる売上や利益だけではなく、社会課題の解決に貢献するといった社会的価値も含まれます。

令和を生き抜くには世の中を変えたいという志を持つことが大事

―どんな人に必要な考え方ですか?

起業する人だけでなく、会社員でも公務員でもNPO法人の職員でも、新規事業を立ち上げたり、初めての試みに挑戦したりする際にはアントレプレナーシップが求められます。

AIやロボットの普及により、企業では指示されたことをこなすだけの人は仕事を失いかねません。指示されなくても動けるアントレプレナーシップを持った人が評価されるようになるでしょう。

「テストに答える力より問題を自分で作れる力が大事」

―アントレプレナーシップはどんな場面で役立つのでしょうか?

現在は人々の価値観も働き方も多様化し、生き方も唯一の正解がない時代です。皆さんは、大人が敷いたレールに乗るのではなく、自分の人生を自分で切り開いていかなければなりません。そのときに役立つのが、アントレプレナーシップです。

時代の変化を学校のテストに例えて説明すると、今までは「先生が用意した問題を時間内に正確に解ける能力」が重視されてきました。しかし、これからはテスト用紙を開いても真っ白で、「問題は自分で考えて」という時代です。しかも、教室の外で答えを探してもよい。本やウェブで調べたり、いろいろな人に会いに行ったりして、「自分自身で答えを導き出せるかどうかが問われる」ようになるのです。

問題は「白紙」の世の中。答えを自分で導き出す力がいる

総合型選抜にも役立つ

―高校生のうちからアントレプレナーシップを身につけるメリットを教えてください。

自分で問いを立てて深く学べるようになり、社会に出てからも自分で新しい道を切り開いていけるのではないでしょうか。これは生きる上での土台となりますから、納得できる進路選択にもつながります。

生徒が自分自身で課題を設定し解決していく「探究学習」や、大学で何を学びたいのか問題意識が問われる「総合型選抜の入試」でも強みになるように思います。

部活や行事でも「違うやり方」試してみて

―アントレプレナーシップを身につけるためには、どんな学習や行動をすれば良いのでしょうか?

高校生の皆さんであれば、「部活の県大会で優勝したい」「文化祭で自分のクラスの催しにたくさんのお客さんを呼びたい」といった目的に向けて活動する機会があるかと思います。可能であれば、先輩がやっていた方法とは違うやり方を試してみたり、何か新しい工夫をしたりして、成果を出すことを意識してみましょう。

学校でいつも顔を合わせているメンバーのほかに、学校外の人にも会いに行って話を聞いてみると、アイデアがより広がるかもしれません。

文化祭の模擬店運営でもアントレプレナーシップを身につけられる

―どうすれば新しい発想やアイデアが生まれますか?

YouTubeなどで経営者の動画を見てみるのもおすすめです。「話をもっと聞いてみたい」と思う人が見つかったら、その人が登壇するイベントや講演会などに足を運び、生の声を聞く機会を持つと、より深い学びが得られます。経営者は既存の価値観に縛られずに自分の軸をしっかり持っている人が多いので、話を聞いてみることで、「自分で考え、自分で道を切り開いていく」とはどういうことなのかが具体的にイメージできるようになるはずです。

また、渋沢栄一の『論語と算盤』や、第二次世界大戦の日本軍の組織的な失敗について分析した『失敗の本質』(戸部良一、寺本義也、鎌田伸一、杉之尾孝生、村井友秀、野中郁次郎著)といった、経営や組織運営などを学ぶ上での古典と言われる本を読むのも良いでしょう。哲学書を読むことも自分の価値観をつくる上で大いに役立ちます。

 

1円から会社は作れる

―起業と聞くと「一部の意識の高い人にしか関係ないこと」といった印象を抱く高校生も少なくありません。

現在の法律では、会社運営の元手となる資本金は1円から株式会社を設立できます。実際には登記にかかる費用なども含めてもう少しお金がかかりますが、高校生でも起業することは可能であり、すでに起業して活躍している人もいます。

―「起業をしたい」という気持ちがあっても、ビジネスプランがなかなか思いつかない高校生もいそうです。考え方のコツはありますか?

ビジネスプランを考える際は、世の中にいる人の全員に向けて売ろうとするのではなく、それを心から欲しいと思っている人に売れば良いと考えてみましょう。例えば、犬用のレインコートは犬を飼っていない人にとっては全くニーズがないものですが、愛するペットに高級感のあるレインコートを着せたいと考えている人であれば「高いお金を払ってでも上質なものを買いたい」と思うこともあるでしょう。

自分や家族、友達が「こういうモノやサービスがあったらいいのに」と思うことからアイデアを広げていけば、起業のヒントは身近なところにもあるものです。

愛犬家にとって犬用のレインコートは「欲しい物」。何が買いたいか考えることから始めよう

お金を集める方法はある

―起業は「お金をどう集めればよいかわからない」と悩んだり、「お金が集められても、失敗したら多くの借金を背負う」と不安になったりする高校生もいます。

借金のリスクに関しては、銀行からお金を借りて起業すると、そのお金を銀行に返さなければなりません。しかし、株式会社を設立するのであれば、銀行からお金を借りずに株主からお金を集める方法もあります。自分の事業に出資してくれる株主を見つけるためにも、まずは自分がどのような志を抱いていて、どのようなビジネスプランを描いているのかをしっかり説明できるようにすることが大切です。

起業にあたって大切なのは「世の中をこうしたい」という志です。その志が多くの人々の賛同を得るものであれば結果としてお金が儲かることはありますが、「儲かる商売をしたい」ということがスタート地点ではありません。

ビジネスプランをしっかり説明できる力がいる

「失敗してもやり直せる」気持ちを学ぶ

―起業家教育では、どのようなことを学ぶのでしょうか?

「起業家としてのマインドを学ぶ」「事例研究を行う」「企業経営の成功・失敗の法則を学ぶ」「アクションラーニングを行う」といった、さまざまなプログラムが実施されています。

起業家としてのマインドというのは、「失敗しても何度でもやり直せる」「世間の常識にとらわれずに自分の意思で決断する」といった、起業にあたって求められる心構えのことを指します。

事例研究では、これまでにスタートアップ企業がどのようなビジネスモデルをつくることで成果を出しているのかを学びます。そして、企業経営は失敗から学べることも多いので、成功事例だけではなく失敗事例について学んだり、失敗した人の体験談を聞いたりすることも非常に役立ちます。

実際のスタートアップ企業のビジネスモデルを分析することも

―失敗事例を知ったり、「失敗してもやり直せる」気持ちを学んだりすることが起業への第一歩なんですね。では、アクションラーニングでは何を学びますか?

アクションラーニングは、会社を経営しているという想定で、「こういう場面ではどうするか」を実践しながら学ぶプログラムです。例えば、作ったものを売ることで成果を上げたいという場合であれば、まず事業計画を立てて、予想される利益や支出を記した予測損益計算書を作ります。そして、チームメンバーで役割分担を決めて、売るものをより魅力的なものにするにはどうすれば良いか、集客のためにどのような工夫をするかなどを考えて実行し、最後に振り返りを行います。

近年は、高校生を対象とした起業家教育プログラムやビジネスコンテストも実施されているので、挑戦してみるのも良いでしょう。大学の商学部や経営学部に進学すれば、会社の仕組みや経営論などについてさらに深く学ぶこともできます。

高校生から起業家精神を身につけるメリットは(イラスト・森ノリコ)

欲しいものを作れば売れる

―高校生にメッセージをお願いします。

これからの日本社会は少子高齢化が進み、さまざまなモノやサービスを購入する意欲が高い層の中心は、Z世代(1990年代半ばから2010年代の初めに生まれた世代)になります。

これはつまり、「高校生の皆さんや皆さんの友達が欲しいものを作れば売れる時代」がやってきているということです。古くからある会社の経営者たちは高齢化が進んでいることを考えると、自分たちが欲しいものを作ればそれが売れるというのは、皆さんの世代ならではの強みだといえるでしょう。

海外の人ともオンラインで簡単につながれるようになった現在は、ビジネスチャンスは確実に広がっています。日本という狭い枠を飛び出して海外にも目を向けることで、あなたの「こういう世の中をつくりたい」という志をぜひ実現してほしいと願っています。

■起業家精神について長谷川教授がYouTubeでレクチャー

 

はせがわ・ひろかず 早稲田大学ビジネススクール教授。2012年より現職。早稲田大学大学院アジア太平洋研究科博士後期課程修了、博士(学術)。専門は、大企業の新規事業論、アントレプレナー論など。大学在学中に公認会計士試験に合格。証券アナリストを経て、グローバルベンチャーキャピタル株式会社を設立し、社長・会長を歴任。www.wbs-entre.com