文系の高校生の中で、目指す人も多い経済学部。「経済学」とはどんな学問で、最近はどのように変化しているのだろうか? 慶應義塾大学経済学部長の駒形哲哉先生に、経済学部で学べることを聞いた。(野口涼)

経済学は「人間の行動全般」が対象

―経済学とはどんな学問ですか?

「生産(モノ・サービス・情報を作ること)」「流通(相手に届けること)」「消費(使う・飲食する・楽しむこと)」がお金と交換されながら繰り返されることを「経済」といいます。従来は、経済学とは経済の仕組みを抽象化した「経済理論」をもとに、過去に学び、地域間の違いに留意しながら、経済に関する現実の問題にいかに対応すべきかを考える実践的な学問であると説明してきました。ところが近年、説明の仕方が変わってきました。

経済とは?

―それはどうしてでしょうか?

伝統的な経済学では、「人間は将来にわたって全ての情報を正しく持っており、その情報に基づいて合理的に行動する」という前提で議論が行われてきました。けれども、当然のことながら人間の情報処理能力は完全ではありませんし、「UFOキャッチャーで今までに使ったお金がもったいなくて、なかなか引き下がれなくなる」(大垣昌夫先生のウェブサイトから)など、非合理的な経済行動をとることもしばしばあります。

こうして、経済学の守備範囲は「人間の行動全般」を対象に大きく広がりました。それによって「行動経済学」「実験経済学」「メカニズムデザイン」と呼ばれる、「インセンティブ(人をある行動へと誘う要因)に対する人々の反応を解明し、社会や経済の仕組みをデザインすることに生かそう」という新しいジャンルの学問も生まれました。

―それにより、経済学にはどんな変化が生まれましたか?

これらの新しい学問領域によって、近年の経済学では、国民経済や市場といった、経済の全体像だけでなく、経済を構成している企業や、さらにその内部の組織のあり方までも幅広く射程に入れられるようになりました。

他方、「経済学部」は「『経済学』部」であると同時に「『経済』学部」です。私たちの学部では、歴史的変化をさまざまな視点から分析したり、フィールドワークなどによって得られた知見から論理を組み立てたりする研究手法も積極的に展開されています。

経営・商との違いは学び方にあり

―経済学部、商学部、経営学部は高校生にとってあまりなじみのない学問内容です。学部選びの際に迷う高校生にもわかるように、違いを教えてください。

学問領域の重なりはありますが、経済に関して全体像をつかむように俯瞰的に学ぶのが経済学部、主に企業の内部組織や意思決定、会計について学ぶのが経営学部や商学部といえます。

経済学部と経営・商学部の学びの違い

では経済学部が「俯瞰的」であるとはどういうことでしょうか。例えば、学校で何かを決める場合、議論によって導かれるべき答えは「誰の利益を目的とするか」で異なります。「自分や自分の仲間」「クラス」など狭い範囲の人々のための結論を導き出すのが経営学部や商学部であるとすれば、「自分や自分の仲間」「クラス」の範囲をこえて「学校」「地域」などの全体のバランスを考えるのが経済学部なのです。

「お見合い」を研究するゼミも

―経済学部のゼミではどのようなことが学べますか?

内容は多岐にわたりますが、大きく2パターンに分けられます。経済・統計学の理論を開発したり、理論を適用した分析でより良い政策を提言したりする研究と、現実の観察や史実の収集から得られた知見をもとにロジックを構築して、現実を解釈したり政策的含意を導いたりするという研究です。

駒形先生のゼミで行われたフィールドワーク。日本企業の中国工場を訪問して聴き取りを行った(慶應義塾大学提供)

例えば千賀達朗先生のゼミでは、「マクロ経済学」という経済理論を使って、私たちの生活に直結する「税制」や「金融政策」の具体的なあり方を考えています。これまでのマクロ経済学では注目されてこなかった「個別の企業の状況」を重視する点で、マクロ経済学の先端領域ともいえる学問分野です。

日本の経済発展を支えてきた中小製造業の現状と今後の展望を考えるのが田中幹大先生(中小企業論、日本経済・経営史)のゼミです。経済理論の当てはめではなく、実際に多くの企業を訪問し、経営者へのインタビューや観察調査を行うことで知見を積み上げ、ロジックを構築することを目指しています。私自身もこれに近いアプローチで研究・教育を行っています。

最後に「お見合い」の研究をしているゼミを紹介しましょう。男女が効率的に出会うためのマッチングアプリは、実は「マーケットデザイン」という経済理論を利用して作られています。効率的な出会いの仕組みの応用範囲は広く、栗野盛光先生のゼミではこうした仕組みを「大学選択」「派遣交換留学の選考方法」、超小型電気自動車などを扱う「次世代モビリティ市場」といったさまざまな領域に応用し、実践的な成果をあげています。

 

駒形哲哉(こまがた・てつや) 1988年慶應義塾大学経済学部卒業、97年同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学、1989年~1990年南開大学(中国)留学、(財)霞山会職員、獨協大学専任講師を経て、2000年慶應義塾大学経済学部専任講師、03年より助教授(07年より准教授)、11年より教授、21年10月より経済学部長。専攻分野は中国経済論(特に中小企業)・地域経済論。