自然界にあふれる「謎」に、いろいろな方法でアプローチできる理学部。具体的にどんな研究をしているのだろう? 東北大学理学研究科長・理学部長の都築暢夫先生に、最先端の研究や、AIの発展やコロナ禍を経ての変化を紹介してもらった。(野口涼)

宇宙も地球も謎を解明

—東北大学で行われている最先端の研究を紹介してください。

原子よりも小さな物質である「素粒子」の一つ、「ニュートリノ」の性質を調べている市川温子教授(理学研究科物理学専攻)は、2019年から4年間、約500人からなる実験チームの代表を務めています。(参考:https://t2k-experiment.org/ja/

ニュートリノの研究を進める市川温子先生(東北大学提供)

このチームの実験では、茨城県東海村にある「J-PARC」という、電磁力を使って粒子を加速する装置「加速器」で作り出したニュートリノを発射。約300キロメートル離れた岐阜県の「スーパーカミオカンデ」という実験装置で測定しました。

私たちの住んでいる宇宙は、誕生した直後は粒子と反粒子が同じ数だけ生成されていたにもかかわらず、今の宇宙は粒子だけでできているんです。市川先生の研究は、そんな宇宙の謎を解明することが期待されています。

井龍康文教授(理学研究科地学専攻)は、地球環境の変遷を地質学と生物学、両方の切り口で研究しています。最近では宮古島に生息するすべての生物、いわゆる生物相について、沖縄本島や西表島に比べて特異な理由を地質学的な見地から研究しています。125万年前〜40万年前の宮古島は水没していたので、40万年前以降に島外から移住してきた生物の子孫です。しかし、宮古島の固有種の中には、海を渡れないはずの陸生生物が多くみられることが「謎」でした。

井龍先生はダイビングによる海底調査を積み重ね、550万年~27万年前頃は沖縄本島と宮古島の間に巨大な島が存在したこと、その島を伝って宮古島に陸生生物が移った結果、現在の多様な生物相が成立した、という仮説を提唱しました。(参考:https://www.sci.tohoku.ac.jp/news/20230720-12787.html

井龍康文先生のフィールドワーク(東北大学提供)

上田実教授(理学研究科化学専攻)は、化学と生物学の両方の視点から、マメ科の植物が夜に葉を閉じ、朝に再び葉を開く就眠運動の研究に取り組んでいます。就眠運動については古くはダーウィンが観察研究を行ったことで知られていますが、上田教授のグループでは「なぜそういう現象が起きるのか」を、化学物質(植物ホルモン)の働きという切り口でアプローチして、就眠運動を引き起こす分子を初めて発見しました。(参考:https://www.sci.tohoku.ac.jp/news/20180706-9775.html

上田実先生の就眠運動の研究(東北大学提供)

膨大なデータを扱える

—コロナ禍を経て変わったことはありますか。

コロナ禍を経て、研究者同士の議論がオンラインで簡単に行えるようになり、世界が身近になりました。一方、研究の核となる部分は対面でないと十分なコミュニケーションが取れないので、これからはその両方をうまく使い分けながら研究を進めるスタイルになっていくと思います。

―AIの発展がめざましく、社会が激変しています。理学の研究にどんな変化が起こりましたか?

AIの発展に伴い、今までより精密かつ大量のデータを扱えるようになってきました。最近では過去の気象観測データを学習し、将来の気象状況をより高速かつ高精度に予測する取組や、望遠鏡で観測したデータをAIにより鮮明化する手法などが開発されています。

東北大学においても今年度、世界トップレベル研究拠点として採択された「変動海洋エコシステム研究所」において、海洋の変動パターンと生物多様性に関係する指標の相関を、AIを取り入れた数理・データ科学で解析していく計画があります。

2024年度から運用が始まるナノテラス(東北大学提供)

さらに、2024年度から青葉山新キャンパス内で、次世代放射光施設「NanoTerasu(ナノテラス)」の運用が開始されます。(参考:https://nanoterasu.jp/)ナノテラスには日本初の最先端の加速器技術や光源技術が注ぎ込まれていて、膨大なデータが集積されていきます。昔は人間が調べて書き上げて整理していたデータを、最良に、そして精密に扱うことができるようになることで、今まで知られていない大きな法則が発見される可能性もあり、新たな不思議の解明が期待されます。

 
 

 

都築暢夫(つづき・のぶお) 

宮城県仙台第二高校卒業。1992年9月東京大学大学院数理科学研究科第一種博士課程中退。1996年3月博士号取得(数理科学)。広島大学大学院理学研究科教授を経て、2008年4月より東北大学大学院理学研究科教授。専門は整数論・数論幾何学。2023年4月より現職。