石川県で話題を集めるラーメン店。店主は、17歳の高校生だ。荒川冴稀亜さん(さきあ、3年)は、ラーメンを極めるため全日制から通信制の高校に転入した。だが、店を開くまでには「高校を辞めたい」と反抗する息子、反対する母の葛藤があった。(文・中田宗孝、写真・本人提供)
間借りでこだわりの一杯を提供
冴稀亜さんが店主を務めるラーメン店「Ramen一統(いっとう)」は、店舗間借りの営業スタイル。シェアキッチンや母・恵美子さんが運営する古民家を活用して、月2回のペースでのれんを掲げる。「営業日前には3~4日間かけてスープを仕込みます」。このほか、別のラーメン店で週6日アルバイトに励み、自宅で通信制高校の課題に取り組んでいる。
子どものころから料理好き
冴稀亜さんは、兄と妹の3人きょうだいの次男。小学生の時は空手やサッカーに打ち込む一方で、高学年から料理に興味を持ち、台所に立つ一面も持ち合わせていた。恵美子さんは、「外で仕事をする私に代わって、冴稀亜が家族の夕食を作ってくれた日もあって、とても助かりました。野菜たっぷりのお味噌汁は、私が作るものよりも凝ってましたね」と振り返る。
とりわけ熱を入れたのが、ラーメン作りだった。YouTubeなどで、ラーメン店の味に近づけるための知識を独学で吸収。中3の誕生日プレゼントには、ホタテの貝柱や外国産の天然塩といったラーメンに加えてみたい食材を欲しがり母親を驚かせた。「多くの人に自分のラーメンを食べて喜んでもらいたい」。そんな思いも募らせていった。
ラーメンのために「高校を中退したい」
「高校を中退してラーメン屋をやりたい」。高1の冬、冴稀亜さんはそう両親に告げた。
ラーメンに対する熱い思い、そして同年代の高校生起業家の活躍をSNSで知り、大きな刺激を受けたという。「ラーメン屋としてビジネスで成功したいと思ったんです。親に伝えたときは、もう高校に通うことは1ミリも考えていませんでした。今の自分に必要なのは学校での勉強ではなく、ラーメンに没頭する時間だと感じたんです」
息子の固い意志を肌で感じながらも、恵美子さんにとっては寝耳に水の出来事。高校中退にはもちろん大反対の立場をとった。「簡単にいいよとは、やはり言えませんでした。実は、高1の夏にサッカー部を退部していたんです。やりたいことをしていきたいという理由で。サッカーを頑張っていたので内心少し残念に思っていたら、今度は学校を辞めたいと。冴稀亜がこんなにも強い意思を私たちにぶつけてきたのはこのときが初めてで……」(恵美子さん)
母の反対、成績落とし息子抵抗
親子の話し合いが平行線をたどる中、冴稀亜さんは宿題をせず、学校の成績はガクンと落ち込みだす。のちに「自分なりの抵抗だった」と本人が明かす。「そのころは息子の行動をなかなか受け止められずに辛かったですね。不安でいっぱいでしたが、親子関係だけは崩れないように良い関係性を築こうと心掛けてました。冴稀亜の考えを極力否定せず、自分の中で一度受け入れてから言葉を返して」(恵美子さん)
一方、父・政之(まさし)さんは、高校卒業を条件に加えながらも、息子の挑戦を応援する姿勢だったという。「『いいんじゃない』、なんて喜んでいました。主人は独立志向の強いタイプではないので、とても意外な反応というか(苦笑)。そのこともあって、私も冴稀亜を応援していく方向に気持ちが傾いていったんです」(恵美子さん)
母も接客をサポート
冴稀亜さんも、両親からの提案を受け入れ、高2に進級するタイミングで全日制から通信制高校へと転入。通信制高校の授業を受けながら、ラーメン店開業への道を歩む選択をした。昨年7月、地域のシェアキッチンを借りて、冴稀亜さんのラーメン店「House Noodle 稀」がオープン。そこには接客をサポートする母親の姿もあった。
今年1月からは、屋号を「Ramen一統」に改めて、メニューなどの見直しを図った。「House Noodle 稀」は、SNSの口コミで客足を伸ばし、「16歳の高校生がラーメン店を開業」という話題性でテレビや新聞にも紹介されて反響を呼んだ。
だが、冴稀亜さんは「提供するラーメンの質やお客さんへの接客対応、何もかもがまだまだだと感じるようになっていったんです。なので、心機一転の意味も込めて屋号を変えました」と前を向く。
母を一番信頼してる
冴稀亜さんが店を始めて1年が過ぎた。看板の一杯は「鶏醤油ラーメン」だ。麺は、製麺所に細かい要望を伝えて特注したストレート細麺。鶏100%の清湯スープと数種の醤油をブレンドしたタレが織りなす、奥ゆきのある味わいに仕上げた。鶏醤油スープの上で輝くチー油にも食指をそそられる。「鶏が主張しすぎない、醤油が尖りすぎないように。鶏と醤油が絶妙に調和する一杯を目指しています」
恵美子さんは「今は冴稀亜がラーメン屋をやって本当に良かったなと思っているんです」と感慨深げに語る。「すぐに辞めてしまうんじゃないかと不安もありました。でも冴稀亜は、営業中に大失敗をしても愚痴を一切こぼさず、プラスになるよう次の行動を考えている。なんか人間的にもとても成長したのが見てて分かるんです」
息子の内面の成長は、ある日の接客でも感じられたという。「お客さんが帰るときに、出口まで着いていって『ありがとうございました』と。わりと人見知りな性格だったかと思うんですけど、お客さんを大事にしている姿勢が伝わってきました」と微笑む。
冴稀亜さんも母親への思いを口にした。「自分のことを本当に色々思ってくれている。もし誰かに相談したいことがあれば、まず母に言います。いつも一緒に考えてくれたり、行動してくれたり。自分はそんな母を一番信頼しています」
日本一のラーメン屋目指して
心を込めたおいしい一杯を届けるために、冴稀亜さんは厨房に立ち続ける。レギュラーメニューとして鶏醤油ラーメンを提供しつつ、その味は日々進化中だという。「スープの炊き方や材料の構成比など、ブラッシュアップの余地はまだある。今後も試行錯誤を続けていきます」と、職人の顔をのぞかせた。
目指すのは日本一のラーメン店だ。冴稀亜さんの名刺には、「Ramen一統」店主の肩書きとともに、こんな言葉が刻まれている。「本気✕日本一」と。
※この記事は高校生新聞とYahoo!ニュースによる共同連携企画です。