駅のホーム転落事故など、視覚障害者の痛ましい事故が後を絶たない状況を変えたい。そんな思いを胸に高田悠希(はるき)さん(群馬・高崎高校3年)は、線路や横断歩道などの危険を通知する、AIを搭載したスマート盲導杖を開発した。開発までの道のりや研究の原動力を聞いた。(文・黒澤真紀、写真・学校提供)

音声で危険を知らせる盲導杖

―高田さんが開発した盲導杖「みちしる兵衛」はどんな仕組みですか?。

カメラと画像認識AIを搭載し、「目」を再現した盲導杖です。杖を使う人に最適化されたAIを白杖に搭載し、視覚障害者の歩行中、様々な危険を事前に検知し、音声で伝えることで事故を防止できます。

改良を重ねた「みちしる兵衛」。既存の折り畳み式白杖に後から取り付けられるドック式。コンピューターの精度を高め、放熱対策にファンを搭載した

カメラで撮影された画像をAIが分類し、目の前の画像が線路だと検知すれば「線路あり」と音声が流れる仕組みです。これで駅にホームドアがなくても転落の危険がありません。点字ブロックも信号もない横断歩道があっても「横断歩道あり!」と音声で伝えてくれます。

―ほかにどんな機能がありますか?

横断歩行以外にも線路や歩行者、自転車などの6種類の障害物を検出し通知できます。横断歩道から逸れた時に戻るよう通知するなど横断歩道横断中のナビゲーション機能もあります。街中での運用やユーザーテストでも有効性が認められたので、研究成果が社会問題解決のために実際の社会で展開できるよう、さらに開発を進めていきたいです。

ホーム転落事故に胸が痛み

―開発しようと思ったきっかけを教えてください。

駅のホームからの転落といった視覚障害者の事故のニュースを見て、以前から気になっていて、「防ぎたい」と考えたからです。

ホームドアのない駅、音響式信号がない横断歩道なども多く、聴覚障害者が安心して外出できる環境が整備されているとは言えません。障害物をセンサーで検知する電子白杖はありますが、駅のホームからの転落を防げないなど機能不足です。盲導犬は育成コストが高く、課題が多いのです。そこで、低コストで高機能な支援ができる白杖型のデバイス作成を思いつきました。

視覚障害者の方が安全・安心に過ごせる社会の「道しるべ」になれたらという願いをこめて、「みちしる兵衛」と名付けました。

2023年5月、世界の高校生らが研究成果を発表する「ISEF(国際学生科学技術フェア)」(米国・ダラス)に日本代表として参加。

AI知識ゼロからのスタート

―開発はどのように進めたのですか?

カメラと画像認識AIを使おうというアイデアは浮かんだものの、当初はプログラミングのこともAIのことも分かりませんでした。プログラムどころかパソコンもさわったことのない状態から開発を始めたんです。一つひとつ物理部の顧問の岡田直之先生や先輩たちに聞いたり、インターネットで検索したりしながら試行錯誤を重ねました。

第1号の「みちしる兵衛」。「塩化ビニルパイプを切ってそこに小型コンピューターを入れた簡易的なもので、使い勝手、放熱性、AIの動作など、課題も多かったです」(高田さん)

―形になったのはいつですか?

高校1年の5月にアイデアを思い付いて開発を進め、7月に第一号が完成しました。それを群馬県視覚障害者福祉協会の全盲の会長さんや、視覚障害者の方に試してもらいました。白杖の持ちやすさやAIの確実性を高めてほしいなどの、貴重な意見をいただきました。

その後、「第4回中高生情報学研究コンテスト」で最優秀賞・文部科学大臣賞を受賞。独創的なアイデアを持つ中高生などを支援するプログラム「未踏ジュニア」に選ばれるなど、企業や大学教授の方から専門的なアドバイスや支援をいただく機会が増え、より精度の高いものになるように開発を進めました。最初は高崎高校の物理部員として研究を進めていましたが、いまは「未踏プロジェクト」への参加など、学校外にも活動が広がっています。

晴れの日も、雨の日も…道の画像集めに苦労

―開発を振り返って、大変だったことを教えてください。

最初に作ったAIが全然うまく動作しなくて……。解決するにはもっと多くの画像を集めなければならず、かなり大変でした。白杖にカメラをつけて、家や学校の周辺、駅までや病院までの道のり、横断歩道などを歩いて画像を集めました。

ただ、「過学習」は避けなければなりません。例えば、家の周辺の画像データばかりを集めてしまうと、家の周辺のデータについての学習だけが進んでしまい、都会の道路での予測精度が落ちてしまいます。

僕の住む群馬県のデータだけではなく、家族旅行で行った先、研究発表で訪れた都会の街などいろいろな地域を、晴れの日だけではなく、曇りの日、雨の日、時間帯も朝と夜と、工夫して撮影しました。なお、画像は現在も随時アップデートしています。

「安全で楽しく歩けるように」願い込め

―高田さんの研究への原動力は何ですか?

当初、高校生の僕が開発したものが社会に実装できるかもしれないなんて、全く想像もしていませんでした。視覚障害者のみなさんからの「ぜひ実現してほしい」という言葉が原動力となり、研究を続けています。高校時代にいろんな研究に触れてそのおもしろさを知れたのは、人生において心を豊かにしてくれる経験でした。これからは受験勉強が本格的になるので、勉強と研究のバランスを取りながらどちらも進めることになりそうです。

「研究の途中で何度も壁にぶち当たりますが、分からないこともおもしろいと思っています。大学では情報学を学びたいです」(高田さん)

―今後の目標を教えてください。

既存のデバイスは事前に決めたルートを案内するというものが多いので、視覚障害者の方は、どうしても同じところを歩くことになってしまいます。「みちしる兵衛」で、視覚障害者の方たちの歩行が、より安全で楽しいものになってほしい。そして行動範囲がもっともっと広げられるような社会になればいいなと思っています。