夫婦が同姓か別姓かを選べる「選択的夫婦別姓」の法制化をめぐっては賛否両論があるが、約20年前にどちらも姓を変えないために事実婚を選んだ夫婦がいる。長女のモモさん(大学2年・仮名)は母の姓、次女のミナさん(高校1年・仮名)は父の姓だ。「夫婦別姓」の家庭で育ったことを子どもはどう受け止めているのか、本音を聞いた。(文・黒澤真紀、写真・本人提供)

「姉妹なのになんで名字が違うの?」

小学校時代のある日、妹・ミナさんが姉・モモさんの教室に用事があってきた。恥ずかしがり屋のミナさんの代わりに友達が言った。「○○さん(ミナさんの姓)のお姉ちゃん、いますか?」。「○○? うちのクラスにはいないよ」とクラスがざわつく。

姉妹なのに苗字が違う理由を、当時のモモさんは知らなかった。周囲に何か思われるのではないかと、ボランティアや保護者会に父が来ることも複雑な思いになり、「学校へはなるべくお母さんが来てほしい」(モモさん)と思っていたという。

ミナさんが生まれたばかりの時に写真屋で撮った記念写真

モモさんは小学生になって、父と妹と名字が違うことを「普通じゃないんだ」と認識するようになったという。母は「モモから、なんでって聞かれたことは何度かあったように思います。でも、まだそんなに理解できないんじゃないかなと思って、時機を見て話そうと思っていた」と振り返る。

事実婚と知り姉号泣「悔しかった」

モモさんの中学入学を控えた春にその時が来た。中学受験を終え、「なんとなくゆったりした気分だったので、今、話そうと思った」母から姉妹に「お母さんは名前を変えたくなかった。お父さんも変えたくなかった。でも、今の日本では結婚してどちらも(姓を)変えないということはできないから、私たちは籍を入れていない」、事実婚であることが告げられた。

モモさんはそれを聞いてもすぐには理解できず、驚きで声が出なかった。「籍を入れていないなんて思ってもみなかった。他の家族とは違う」。心に染み込んでくる事実に声をあげて泣いた。そして、「どうしてそのことを今まで言ってくれなかったの」と。知っていたら、家族の名字が違う理由を友達にもきちんと説明できたのにという悔しさからだった。

留学する姉を空港で見送る家族

母はモモさんの涙を鮮明に覚えている。「もともとしっかりした子。もっと小さいときに話せばよかったのかも知れません」。号泣するモモさんを前に、母も胸が痛い。たまたま父は不在だった。いつもはしっかり者のお姉ちゃんが泣いている。姉の隣で妹のミナさんは無言で座っていた。

理由知った姉「今はひけめ感じない」

モモさんは中学、高校時代を過ごすうちに、両親の選択を前向きに受け止めるようになった。母の告知以来、周囲に別性の理由を聞かれてもきちんと説明することができるようになり、「ひけめ」を感じることもなくなった。

社会問題に関心を持ち、学校の授業で選択的夫婦別姓制度について学び、自分でも調べる中で見識を深めていく。事実婚、同性婚など、さまざまな結婚や家族の在り方を認めようという動きが世界中で起きていることも知った。

ヨーロッパの大学で学ぶモモさん

高校2年生からはヨーロッパに留学し、今もヨーロッパの大学で学ぶ。海外で結婚や同姓について多様な価値観に触れた。「自分の両親が結婚や家族の多様性を促す、ムーブメントの一部であることを、今はすごく良いことだなと考えているので、(将来、夫婦別姓制度が法制化されていなければ)私も事実婚を選びたい。でも、私は、母に話をされたとき、もっと早く知りたかったと思ったので、子どもが小さいときにそのことについて伝える」と話す。

妹は「結婚したら、夫婦同姓を選びたい」

一方、高校生になったミナさんの考えは異なる。「私はもともと周りの人の目を気にしてしまう。両親の名字が違うのは珍しいことだから、どう思われるか気になってずっと嫌だった」という。「別姓家族は少ないから、周囲と違うのが恥ずかしい。今でも名字が違うことを知られるのは少し抵抗がある」と話す。「友達は説明したら理解してくれると思うけど、私を見る目が変わったり、かわいそうだと思われたりするのではないかと心配で、親の名字のことを話したことはほぼない。自分が結婚したら、夫婦同姓を選びたい」

両親に、夫婦別姓を選んだ当時の周囲の反応を聞くと、「親族への説明は必要だったがもめず、友人や職場関係への影響もなかった」と言う。その後の家族仲も良好だ。その上で、娘たちの考えを「どちらも尊重したい」(母)と理解を示す。

父は選択的夫婦別姓制度について、「選択肢を増やせば、多くの人の幸福につながる。女性が姓を変えなくても良いという選択肢を2人の娘に残してやるためにも、はやく制度化してほしい」と考えている。

家族で行った夏祭りにて

「親と名字が違っても驚かれない社会に」

夫婦別姓を考えている大人に、その家庭で育った子どもの立場から伝えたいことを、モモさんに聞いた。

「両親のように、夫婦別姓を考えているカップルがいるとしたら、それはポジティブなことだと思う」。ただ、子どもとして、他の家族と違うことのとまどいや抵抗感は、モモさん、ミナさんが共通して感じていた。「親と名字が違うことを言うと驚かれるのではなく、ああ、そうなんだ、とリアクションしてもらえるような社会になってほしい。選択的夫婦別姓制度の法整備が整うことで、それが実現するかもしれない」と期待を寄せる。

現在、別姓を選んでいる夫婦へは、「早い時期に、子どもになぜそうしているのかを伝えて、夫婦の形の多様性への理解も深めてあげてほしい」と話した。

※この記事は高校生新聞とYahoo!ニュースによる共同連携企画です。