リョウさん(仮名、18歳)は高校入学を控えた3年前、コロナ禍の休校をきっかけに、家族の夕食を作り始めた。息子に料理を勧めたのは母親の優子さん。共働きの家庭で料理を分担したい希望に加え、本人の将来の「自立」のためにという思いがあったと語る。高校3年間で約160回夕食を作ったリョウさんは今年春、大学進学によって18年間過ごした家を「卒業」する日がきた。(文・中田宗孝、写真・優子さん提供)

コロナがきっかけで夕食づくりに励む

リョウさん(仮名)の夕食づくりは、高校入学を控えた2020年3月、母親の優子さんからの「予算1日1000円以内で、7日間、晩ごはんを作ってみない?」という提案を受けて始まった。

当時学校は、新型コロナウイルスの影響により休校だったため、「時間があるし、ちょうどいい暇つぶしになると思って」(リョウさん)。1日の夕食の食材費を1000円以内に収めて、残ったお金は自分のお小遣いにできる「オプション」も料理に向かう動機になったそう。

優子さんはフルタイムで働いており、土日は出勤日。その後もリョウさんは、週末を中心に、父と当番を分担して夕食づくりに励むようになった。

夕食を作る高校時代のリョウさん

「たんぱく質の豊富な料理を作ること、汁物、野菜のおかずを必ずつける。息子にはこれを守って晩ごはんの献立を考えてもらいました」(優子さん)。リョウさんは当初こそ、インスタント食品やレトルト食品を使った料理を多く作っていたが、次第にレシピ本や料理動画などを参考にして、手の込んだ品々を食卓に並べるようになった。

リョウさんが作ったある日の夕食。「バターチキンカレー、エビのオーロラソース、野菜のみそ汁」

リョウさんによるある日の夕食メニューは、「鶏肉のウスターソース煮、やみつきキャベツ、鶏皮のカリカリ揚げ、野菜のみそ汁」、別の日には「エビ、サツマイモ、玉ねぎの天ぷら、キュウリとツナのサラダ、野菜のみそ汁」。栄養バランスに気を配り、彩りも豊かだ。

「母の日」にいちごムースをプレゼント

料理への探究心が生まれ、「自家製チャーシュー」や「歯ごたえカリカリのたこ焼き」、シュークリームやクッキーといったスイーツづくりにも挑戦。高校2年生の「母の日」には「いちごムース」を作り、母に贈った。

母の日に作った「いちごムース」

「『母の日』に作ったハンバーグといちごムースは、母がとても喜んでくれました。今でも母が話題に出すくらいで、高校時代に作った料理の中でも特に印象に残ってます」(リョウさん)

高校3年間で160回キッチンに立つ

高校2年の後半以降は、部活やバンド、文化祭準備、受験勉強などで忙しくなり、夕食づくりからしばらく遠ざかっていたが、進学先の大学が決まった今年2月末からは週3回のペースで料理を再開。春巻きとチョレギサラダは、母からのリクエストに応えた料理だ。リョウさんは高校3年間でおよそ160回キッチンに立ち、家族の夕食を作った。

高校2年生の正月、おせちに加える「にんじんの飾り切り」を母子で協力して作った(写真の一部を加工しています)

高校時代の夕食づくりの中で、調理面以外の気づきもあった。「いろいろな食品の価格帯が分かるようになりました。今は物価があがっていて、特に卵や油、野菜類は高いんですが、自分なりに工夫して節約できていると思います」(リョウさん)

自ら調理法を調べて、母が食べたい一品を作った日も

 4月から一人暮らしをしながら学生生活を始めたリョウさんは、家計簿アプリで収支管理をしているという。「大学生になり、自分のスケジュール管理をより心掛けてます。何か予定が入ったら、こまめにスマホのカレンダーに入力して。これは、どの料理から取り掛かろうかといった段取りを考えていた実家での夕食づくりの経験が生きていると思う」

一人暮らしの晩ごはんも必ず自炊

優子さんが高校生の息子に夕食づくりを提案したのは、「『自立心を育む』考えもあった」と明かす。「息子を産んだのは30代半ば。息子の同級生の母親には、一回り下の年齢の方もいました。そういう人と比べれば、私は息子と長く一緒にはいられない。だから、私は息子が3歳のころから、『18歳になったら自立して家を出なさい』と伝えてきました」

家計簿アプリを活用する大学生のリョウさん。4月の収支をベースに「月いくら使ったのか、この出費は抑えられたかもと、やりくりを考えていきたい」

実家を離れて新生活を送るリョウさんは、晩ごはんは必ず自炊し、ほかの家事も無難にこなしている。優子さんは、「食事の心配をしなくてよいのでひと安心ですね。インスタント食品ばかりに頼らず、それなりに節約しながら栄養バランスの取れた料理を作れていると思うので」と、息子の成長に感慨もひとしお。

リョウさんの父も「料理を通じて、準備の大切さやお金のやりくり、時間の使い方を学べた。(一人暮らしをしても)継続しているのは素晴らしい」と話し、妻・優子さんの取り組みにも感謝する。

一人暮らしの家に月額レンタルの食洗機を導入。「食後の片付けの面倒くささが軽減しました」。調理酒やみりんなどの調味料も豊富にそろえた

一人暮らしの息子へ母の思いは

リョウさんは、大学ではテニスサークルに所属し、自宅に友人たちを招いてたこ焼きをふるまう。優子さんは、息子が家を出たことに「寂しい、感慨深いというのはもちろんありますが、覚悟はしていたこと」と話す。

調理中の高1(左)と高3(右)のころのリョウさん。料理の腕前だけでなく、心身ともに大きく成長した

父は平日の帰宅が遅く、スポーツ、アイドル、政治の話題など普段の会話が多かった母子。時々けんかもあったというが、優子さんいわく「(息子は)気の合う仲間」。今は「息子に電話やLINEをするのもうっとうしいんじゃないかなってためらいがち」だと言う。

寂しさを募らせる母の胸のうちを隣で聞いていたリョウさんが「母からの電話には出ようと思います。時間があったら」とつぶやく。すかさず「『電話する』じゃなくて?」と、息子に切り返す母の顔からは満面の笑みがこぼれていた。

 

※この記事は高校生新聞とYahoo!ニュースによる共同連携企画です。