大竹さんの弁論原稿「「正義感」は何のために」

会津高校 3年 大竹夏穂

新型コロナウイルス感染症の緊急事態宣言期間、マスクをつけていない人たちを罵倒する、他県ナンバーの自動車を傷つけるなどの行動に出た「コロナ警察」と呼ばれる人たちがいます。それぞれ事情があるかもしれないのに、行動だけを見て人を取り締まろうとするのは度が過ぎたことです。しかし、「コロナ警察」の行動の動機は、ある種の正義感にもとづいたものだった、とも考えられます。感染対策することを意識していたからこそ、他人の行動に違和感を覚えたのでしょう。「お互いをウイルスから守る」という本来の目的を忘れ、相手を攻撃するような方法で感染対策を強制してしまったのだと思います。

実は、私も同じようなことをしていたのかもしれない、と思い当たることがあります。私は以前、セクシャルマイノリティについて書かれた本を読み、人の心の性や好きになる性が多様なものであることを知りました。そして、当事者である人たちを差別し、傷つける言葉がどういうものなのかを学んだことから、普段の会話の中で先生や友達が差別的な表現を使うのがとても気になるようになりました。すると「先生も友達も、悪意を持って発言しているのに違いない」と無意識のうちに感じるようになり、心無い発言にいらいらしたり、時に厳しい口調でそれをとがめたりするようになりました。しかし、今思えば、私もたまたま本を読むきっかけがあったことで意識するようになったのであり、それまでは差別的な表現だとは知らずに悪気なく発していた言葉もありました。友達や先生も、以前の私のように、知るきっかけがまだなかっただけなのかもしれません。私はそのことを想像できていませんでした。コロナ警察のように、正義感が相手を攻撃するもとになってしまったのです。

「正義感」自分が思う正しいことを貫き、不正を憎む気持ちをこう呼びます。言葉にするとかっこよく感じますが、その気持ちからとった言動で周りの人を傷つける場合があります。正義感の根底には、他者の幸せや社会全体の幸せを願うという共通の思いがあるはずです。しかし、自分と異なる言動をとる人を「悪」であると決めつけ、排除するような考えは、新たな「差別」や「いじめ」を生み出してしまうのです。そこに幸せな社会などあるでしょうか。小学生の時、クラスで起きたいじめの被害者を助けようとしていたときにも、いつの間にか、皆で加害者を責めることだけがヒートアップしていきました。いじめが起きている、という不穏な雰囲気の中、共通の敵を見つけて攻撃することで仲間意識を感じ、安心感を得ていたという側面もあると思います。

今、私たちは、そんな仲間意識さえ以前よりも手っ取り早く感じることができる社会に生きています。SNSをはじめとしたコミュニケーションツールが発達しているため、自分に共感してくれる人が見つかりやすいのです。共感者がいると、自分が正しいと思うことを自信をもって伝えられるようになる反面、「共感されている」という安心感から言葉を選ばずに伝えてしまうということもあります。誰もが簡単に意見を発信できる時代だからこそ、自分の伝え方がお互いを幸せにするためのものであるのか、立ち止まって考える必要があるのではないでしょうか。

アメリカでは、差別、偏見などの社会問題に気づいている人のことを「悟る、目覚める」という意味を持つ「Woke」という言葉で表現するそうです。以前に見た動画で、タレントのSHELLYさんが「先に気づいちゃったWokeである私たちで、まだ寝ている人たちをどうやって上手にやさしく起こしてあげるか、っていうのを考えようよ」とお話しされていたことが印象に残りました。SHELLYさんも、いわゆる「差別的な表現」に違和感を持っていた一人でした。そこで彼女は、自身が出演するバラエティ番組で一人の出演者を「もしかしてトランスジェンダーなのでは」とバカにして笑いをとる場面があった時、決して笑わず、「だとしてもいいんですけどね」と、柔らかい言葉で「私はそのいじりで笑わない」という意思表明をしたそうです。お互いの幸せのために大切なのは、社会で起きている問題に気づくきっかけができ、問題について考える人が増えていくことです。相手を「攻撃」しなくても、やさしく起こして気づいてもらうことは可能だったのです。私も後日、友達との会話の中で同性愛が笑い話にされそうになったとき「同性愛者だとしてもいいんだけどね」と言ってみると、友達も自然な様子で「そうだよね」と同意してくれました。自分に芽生えた正義感を、これから一緒に問題を解決していく、という意識につなげることで、思い描いた社会に一歩近づくのだと実感しました。

「正義感」は、お互いの幸せのためにあるものです。私は、自分と異なる言動をとる相手とも、一緒に問題について考えられる方法を探し続け、行動を起こそうと思います。一足先に目覚めた「Woke」として、今はまだ寝ている人を少しずつ起こす努力をしていきます。