「起立性調節障害」を抱えながら、高校生活を送る西山夏実さん(福岡・筑紫丘高校3年)。「同じように苦しみと闘っている人に寄り添いたい」と、自らの闘病体験を監督として映画化。高校生を対象にした映画コンクールで日本一になるなど、大きな反響を得た。どのようにして映画を作り上げたのか、じっくり語ってもらった。(文・中田宗孝、写真・本人提供)

激しい頭痛と倦怠感…病気に学校生活を奪われて

西山さんは、“朝起きられない病気”といわれる「起立性調節障害」を中1の冬に突然発症した。

起立性調節障害とは、血圧や脈拍に異常が生じる自律神経の病気のこと。「自力では起床できず、親が私を起こそうとしても、起こされている記憶すらない。朝の血圧は70~80で意識がもうろうとした状態です」

映画づくりに挑戦した西山さん。6歳のころからタブレットで家族らを撮影し、動画編集したDVDを親戚に配るほど映像制作が好きな少女だったという

起床と同時に全身倦怠(けんたい)や激しい頭痛などに襲われるが、午後になると体調が落ち着くため、周囲から「なまけ」や「サボり」と誤解されることもあるという。「目に見えて分かる外傷がないので、そう思われてしまいがちです。私の場合、夜は元気になりますが全然眠れない。寝つくまでに6時間かかり、起きるのは夕方……」

起立性調節障害により、学校が好きでクラスの誰よりも早く登校し、運動部で汗を流していた中学生活は一変。「中2の夏ごろには、普段の授業も部活も、友達と遊ぶことも、今まで当たり前にしていたことが全部できなくなりました」

西山さんは、この病気で保健室登校の中学時代を過ごした。

闘病経験を友人が本にして自費出版

「小田、本書いてよ。一生のお願い。私の人生、本にしてよ」

2020年3月、当時高1の西山さんは、文才のある同級生の小田実里さん(福岡・筑紫丘高校3年)の家を訪ね、思いの丈を言葉にした。

「何の前触れもなく小田に伝えたのですが、『いいよ』って。それからほぼ毎日、私の16年の人生を小田に語り、彼女が文章にしてくれたんです」

「親近者に読んでもらえれば」と自費出版した自伝本

約2カ月の執筆期間を経て、自伝本「今日も明日も負け犬。―西山夏実の完全実話録―」(小田実里著)を100冊限定で自費出版すると1日で完売。さらに読者から「救われた」「自分の病気を周囲が理解してくれた」といった声が多く寄せられ、西山さんの心は突き動かされた。

「本の発売の1週間後には、『次はこの本を映画化しよう』って小田に伝えてました」

西山さんが使用した脚本には、多数の修正・注意書きが書き込まれている

SNSでキャスト、スタッフを募集 約1年かけ完成へ

映画撮影のためのキャスト、スタッフはSNSで募集し、高校生・大学生26人が集まった。今作で「西山夏実役」を演じる主役には、同級生の古庄菜々夏さん(福岡・筑紫丘高校3年)を指名し、2020年8月にクランクイン。8カ月かけて撮影を終えた。

学生に多く見られるという「起立性調節障害」を発症した西山さんの中高生活を映画にした「今日も明日も負け犬。」の1シーン。写真右の女子生徒は「西山夏実役」を演じた主演の古庄さん

「頑張れない人を励まし、頑張ろうって前向きになってもらう映画ではないんです」と、作品に込めた思いを語る。「病気に限らず、苦しみと戦っている人、学校生活に悩んでいる人。そんな少数派の人たちに寄り添えるような作品づくりを目指しました」

撮影中の1コマ。演者たちにカメラを向ける高校生監督の西山さん(写真中央)

映画作りが学校生活の支えに

発症して5年目を迎え「毎日早くても昼からしか普通に活動できない感じなんです。高1も、高2も進級に必要な出席日数はギリギリでした」だと明かす。

学校を辞めようかと頭をよぎったのは1度や2度ではない。実際、先生らを交えて、病気のこと、学校生活と映画製作の両立などの話し合いを重ねた。西山さんは「すべてが自分にとって必要な居場所」だと訴えた。

「学校も病気も映画も全部がつながってる。私は映画づくりがあるから病気と向き合えるし、学校の友達がいるから頑張ろうって思える。どれか一つでも欠けたらドミノ倒しのようにすべてが崩れてしまう」

愛用の撮影・編集機材。撮影終了から約3カ月間、西山さんは編集作業に没頭。「私たちの映画の出来は“編集”で決まる。『私以外、誰にも編集PCに触らせない!』くらいの気持ちで作品を完成させました(苦笑)」(西山さん)

映画館で上映、2000人が鑑賞

映画館での舞台あいさつに臨んだ監督の西山さん、キャスト&スタッフたち

クラウドファンディングで集めた資金で、昨年7月、福岡県内の映画館での上映が実現。2日間の上映とオンライン配信で約2000人が鑑賞した。上映終了後、今作公式サイトの感想フォームには、「友達に自分の病気を初めて告白できた」「親がやっと病院に連れて行ってくれた」「引きこもっていた子供が学校に行くようになった」といった観客からのメッセージが多数届いたという。

「映画甲子園」の表彰式

昨年12月、高校生の映画コンクール「高校生のためのeiga worldcup2021」で、監督作「今日も明日も負け犬。」は「最優秀作品賞」「優秀監督賞(西山さん)」「最優秀女子演技賞(古庄さん)」など8つの賞、同作撮影の舞台裏を描いた「今日も明日も負け犬。ドキュメンタリー」で「最優秀監督賞(西山さん)」「最優秀録音賞」を受賞するなど、各賞を席巻した。

大人になったらまた同じ仲間と撮りたい

今後の目標を聞くと「映画製作が終わり、今はからっぽの状態です。病気が本当に治るのか、高校を卒業できるのか、自分の未来もぼんやりとしか見えてないんです。今は目の前のできることをやっていく。一日一日を大切に過ごそうと思っています」

映画製作に携わった仲間たちとは、ある約束を交わしたそうだ。「みんなが大人になったとき、今度は仕事仲間として、また映像作品が作れたらいいよって」

映画「今日も明日も負け犬。―起立性調節障害と紡いでいく―」

ある日突然「起立性調節障害」を発症した中学生の西山夏実は、普通の学校生活ができなくなり保健室登校を始める。そこで夏実は、同じく保健室に通う蒔田ひかると出会う。心身ともにボロボロになった夏実と、一言もしゃべらずほほ笑むことのないひかる。互いに言葉を交わさぬ日々を過ごすうちに、夏実は「ひかるを笑わせたい」と思うようになり……。公式サイト