第99回全国高校サッカー選手権決勝が1月11日、埼玉スタジアム2002で行われ、3年ぶり7回目の出場となった山梨学院(山梨)が、前々回の覇者で王座奪還を目指した青森山田(青森)をPK戦の末に下した。初出場で初優勝を果たした2009年度以来、11大会ぶり2度目の優勝だ。(小野哲史)

喜びを爆発させる山梨学院(オフィシャルサポート提供)

最強青森山田にどう勝つか

最近4大会で優勝2回、準優勝1回。青森山田は、近年の高校サッカー界をけん引する名門。

だからこそ山梨学院は、長谷川大監督が「10回戦って1回か2回勝てればいい相手」と評したように、青森山田を自分たちより数段格上と見ていた。

ロングパスの起点として警戒した相手センターバックにFW久保壮輝(3年)をマークにつける奇策や、「立ち上がりに攻めてくるであろう相手の裏を突く」という作戦を講じたのは、何とかして勝利をもぎ取るため。

前半11分にMF広澤灯喜(3年)のゴールで先制し、その後は押し込まれる苦しい展開ながら前半を無失点でしのいだのは、山梨学院としてはほぼプラン通りだった。

「このままじゃやられる」

しかし、ハーフタイムに主将のGK熊倉匠(3年)が「このままじゃやられるぞ!」と仲間を叱咤したにもかかわらず、後半12分と同18分の失点で逆転を許してしまう。そこからもピンチは何度か訪れた。

熊倉匠と鈴木剛(オフィシャルサポート提供)

後半33分にFW野田武瑠(3年)が決めた同点弾は、チームを救う値千金のゴールだった。

「目の前にボールがこぼれてきて、がむしゃらに打ちました。(逆転されて)正直、やばいなと思ったけれど、熊倉を中心にみんなで『まだ行けるぞ』と声を掛け合って、諦めなかったことがゴールにつながった」(野田)

今大会3度目のPK戦を制す

延長を含めた110分間の戦いが終わって2-2。決勝戦では8年ぶりに行われるPK戦を前に両チームは円陣を組んだ。

選手たちが笑顔を浮かべ、リラックスムードに満ちていたのは山梨学院の方だった。熊倉は「泣いても笑ってもこれで最後。楽しんで行こう!」とチームメイトに檄を飛ばした。

今大会の山梨学院は、藤枝明誠(静岡)との3回戦、帝京長岡(新潟)との準決勝をPK戦でしぶとく勝ち上がってきた。その経験があったからか、「PK戦は自信があった」という熊倉が、青森山田2人目のシュートを鮮やかにストップ。対する山梨学院は4人全員がしっかり決めて激闘に決着をつけた。

あいつにだけは負けたくない

熊倉がシュートを止めた相手は、中学時代にFC東京U-15深川でチームメイトだったMF安斎颯馬(3年)だ。「この舞台の決勝で戦えることは嬉しかったし、あいつだけには負けたくないと思っていました」と熊倉は振り返る。

安斎には青森山田の逆転ゴールとなる2点目を献上し、今大会得点王に輝いた力を見せつけられたものの、最後の最後に巡ってきた緊張感の漂う直接対決で借りを返した。

一瀬大寿(オフィシャルサポート提供)

「もっとできるぞ」が励みに

山梨学院の昨年度からのレギュラーは、熊倉とDFの鈴木剛と中根悠衣(ともに3年)の3人のみ。現チームが始動した当初は、全国制覇を目指せるほどの力があるわけではなかった。

そんな中でチームが大きく飛躍できたのは9月以降、レベルの高いU-18プリンスリーグ関東1部を戦えたからだ。それは昨年度の先輩たちが「昇格」という形で残していった財産だった。

さらに野田は「自分のことを気にかけてくれるし、『もっとできるぞ』と言って試合で使い続けてくれた」と、就任2年目の長谷川監督への感謝も惜しまない。

板倉健太(オフィシャルサポート提供)

コロナ禍で再確認した絆

全国の高校生アスリートはこの1年間、新型コロナウイルス感染症の影響で、例年とは違った我慢のシーズンを過ごしてきた。山梨学院サッカー部も例外ではない。

大会期間中も感染拡大が止まらず、埼玉スタジアム2002に舞台を移した準決勝からは完全な無観客試合で行われた。スタンドに姿が見えないことで、選手はいつも以上に家族や友人、学校に残ったチームメイトの存在を意識することになったのかもしれない。

熊倉は準決勝の後、「親や仲間に見てもらえないのは悲しいし悔しいことでしたが、テレビの向こうで応援してくれていると言っていたし、試合に出られない仲間のためにも今日は勝って恩返しがしたかった」と語っている。

コロナ禍という特別な大会で山梨学院が手にしたのは、輝かしい優勝トロフィーと、いつも以上に誰かを思う気持ちだった。

インターハイ優勝1回(2018年)。モットーは「自立と自律、自分ひとりで決断できる人間になれ」。OBに渡辺剛(FC東京)、前田大然(横浜F・マリノス)ら。