児童虐待の相談件数はここ十数年で大きく増えている。虐待が起こる背景や子どもの心身への影響、私たちにできることは何だろう。昨年行われた10代向けオンライン講座「子どもの虐待をきちんと知る~医師と弁護士による特別授業~」(子どもの虐待防止センター主催)に登壇した、子どもの虐待防止に取り組む精神科医の田中哲先生、弁護士の橋詰穣先生に聞いた。(野口涼)

児童虐待の相談数は年間16万件、実の父母からが多い

Q.虐待は増加していますか?

A.大きく増加中です

少子化が進行するなか、児童虐待の相談件数は1990年度の1000件から2018年度には約16万件と大きく増加しています(虐待死の件数は横ばい)。

 

理由のひとつは、社会環境のさまざまな変化により、大人ひとりにかかる子育ての負荷が大きくなっていること。もうひとつは、「親の子に対する体罰の禁止」が法改正によって明確化されたことです。

法改正の目的は、体罰によらない子育てを社会全体で推進すること。これにより社会や市民の感覚、行政である児童相談所の意識も変化し、これまで見過ごされてきた小さな虐待も相談・対応に結びつくようになったのです。

Q.児童虐待の定義は? 

A.身体的、性的、心理的虐待とネグレクトに分類されます

児童虐待とは、18歳未満の子どもに対して保護者が行う以下の4つに分類される行為をいいます。

たたく、殴る、蹴るなどの暴力や、戸外に締め出すなどの「身体的虐待」 

性交や性的暴力、性器や性交を見せる、ポルノグラフィーの被写体にするなどの「性的虐待」 

適切な衣食住の世話をせず放置する、重い病気になっても病院に連れて行かないなどの「ネグレクト」

④ 無視、拒否的な態度、きょうだい間での極端に差別的な扱い、配偶者に暴力をふるうなどの「心理的虐待」

以上が虐待の定義になります。

Q.児童虐待で一番多いのは?

A.心理的虐待です

4つのうち、もっとも発生件数が多いのは「心理的な虐待」で、全体のほぼ5割。一方、少ないのは性的虐待ですが、これについては表面化しにくく、数字が実態を示していないことも考えられます。

Q.誰からの虐待が多いのですか?

A.実母です

児童虐待というと、母親の恋人や再婚相手によって行われるイメージがないでしょうか。実際には実母からの虐待が最多で、全体のおよそ半分です。

実父からの虐待も含めると実の親からの虐待が8~9割を占めています。

虐待の背景やリスク要因は「虐待をする親」だけでなく、「養育環境」や「子どもの側」にもある場合があります。

貧困、望まない妊娠がひきがねに

Q.どんな人が「虐待をする親」になってしまうのですか? 

A.「妊娠、出産、育児」「性格、心身の不健康」で生じるリスクがある人です

「望まない妊娠で、妊娠そのものを受け入れられない」「生まれた子どもに愛情を持てない」「育児不安やストレスが蓄積しやすい」といった「妊娠・出産・育児によって発生するリスク」を持っている人が挙げられます。

また、攻撃的・衝動的な保護者自身の性格、精神疾患などの心身の不健康なども要因となります。

 

Q.虐待が発生しやすい「子育ての環境」を教えてください。 

A.予期しない妊娠、貧困、孤立、複雑な家庭環境が虐待のひきがねになる可能性があります

複雑で不安定な家庭環境や家族関係、夫婦関係、社会的孤立や経済的な不安(貧困)などです。

例えば、若者の「できちゃった婚」は、しっかりとした人生設計を立て、就職・結婚という段階を踏んで子どもを設ける場合より、離婚する確率が高いのが現実です。

望まない妊娠が引き金になることも(写真はイメージ)

その結果、ひとり親家庭、特に母子家庭となった世帯は貧困率が高く、子どもの世話をする余裕もありません。2017年の虐待死亡事例52人のうち、16人が予期しない妊娠による子どもでした。

また、アルコールやギャンブル、薬物といった親の嗜癖や、コロナ禍で増加している失業、家庭の孤立を招く転居なども虐待のひきがねになる可能性があります。

脳の萎縮、低身長…子どもに深刻な影響

Q.虐待を受けやすい子どもはいるのでしょうか。

A.乳児、未熟児や障害児などです。

乳児期の子どもや、未熟児・障害児、何らかの育てにくい特性をもつ子どもの場合などでは、手がかかることによるストレスを親が抱えきれず、虐待として表出してしまうケースがあります。

乳児期の子どもも虐待されやすい(写真はイメージ)

Q.虐待は、子どもの心身にどのように影響しますか?

A.脳に大ダメージ、精神不安定に

虐待を受けた子どもは、情緒不安定、感情コントロールの不調、強い攻撃性、自己肯定感の低さ、愛着障害を持つ傾向があることが知られています。

子ども時代に性的な虐待を受けていた人の脳をCT画像で見ると、視覚をつかさどる領域である視覚野の容積が20%近く萎縮しているという研究結果があります。思い出したくないことを繰り返し視覚的に思い出すフラッシュバックによって、視覚野の容積が次第に小さくなっていくのです。

同じように、暴言にさらされた人の脳は、言語やコミュニケーションに関わる脳の領域が、体罰を受けた人の脳は、ものごとを判断したり複雑なことを考えたりする脳の領域が萎縮し、一生元に戻りません。

脳のダメージだけではありません。ネグレクトなどにより家庭らしい温かい雰囲気のない環境で育つと、成長ホルモンが十分に作られず、たとえ食事は与えられていても、発達が遅れたり低身長になったりすることもあります。

虐待は子どもの心身に大きな傷跡を残すのです。

通報を受け、調査 場合により一時保護

Q.虐待を受け、家庭から保護された子どもはその後どうなるのですか?

A.深刻な場合は2カ月の一時保護、児童養護施設に入所することも

電話による通告・相談などの第一報に接した児童相談所は、関係機関と連携して調査や情報収集、必要に応じて家庭訪問を行います。

その上で深刻なケースでは原則2カ月の一時保護を行い、子どもの安全を図った上で援助方針を検討します。

家庭生活に戻れないと判断され、児童養護施設に入所したり、里親のもとに保護されたりするケースもあります。

Q.「しつけ」と「虐待」の違いはなんですか?

A.しつけは育むもの、虐待は苦痛を与えるもの

体罰とは「子どもの身体に何らかの苦痛を引き起こし、不快感を意図的にもたらす行為」のこと。一方、しつけとは「子どもの人格や才能などを伸ばし、社会において自律した生活を送れるようサポートし、社会性を育む行為」のことです(厚生労働省ガイドライン「体罰等によらない子育てのために」より要約)。

体罰は、つまり、虐待ととらえてよいでしょう。虐待は子どもに苦痛を与えるネガティブなものであるのに対して、しつけはサポートによる育みというポジティブなものであり、その性質は大きく異なるといえるでしょう。

Q.虐待を受けた経験があると、自分の子どもに虐待をするリスクが高くなるという話を聞いたことがあります。

A.一概に言えません

児童虐待をしてしまった大人が、子どもの頃に虐待を受けたことがある確率は10%~50%と、調査によって大きな幅があります。虐待の背景はケースによってさまざまです。

変えられない過去にとらわれるより、「人と人のつながりを大切にする」「その人らしさを大切にする」「お互いを大切にするためのルールを共有する」ことで、虐待が起こりにくい社会をつくることが大切だと考えます。

虐待かなと思ったらすぐに通報を

Q.近隣の住宅から子どものひどい泣き声が聞こえ、虐待を疑っています。どんな行動をとればよいですか?

A.匿名で通報できるダイヤルへ連絡を

近隣・知人からの通告は子どもを守る大きな手助けになります。

虐待かもと思ったら、すぐに児童相談所全国共通ダイヤル「189(いちはやく)」に通告・相談してください。匿名可で、内容の秘密も守られます。

いち早く連絡することが子どもの命を救う(写真はイメージ)

Q.同級生から虐待を受けていると相談を受けました。何ができますか? 

A.まずは話を聞いて受け止めてあげて

常日頃から虐待に対するアンテナを高く張っておくこと、友だちに相談されたら話を聞いて受け止め、支えてあげることが大切です。

場合によっては189ダイヤルへの通告・相談も検討しましょう。

 
田中哲さん
児童精神科医。「子どもと家族のメンタルクリニックやまねこ」院長/一般社団法人「日本子どもの虐待防止研究会」理事。
 
橋詰穣さん
弁護士。「子どもの権利委員会」所属。少年非行・虐待・いじめなどに取り組む。

【高校生記者の感想】ためらわずに「189」へ連絡を

オンライン講座に参加した高校生記者に、虐待について知った感想を聞きました。

私は以前から児童虐待に関心を持っていたので、今回の講座を通して、さらに自分の学びを深めることができました。

特に橋詰先生のお話では、児童虐待に関する多くの法律があることと、最近行われた改正の内容を詳しく知ることができました。

児童虐待はさまざまな要因が絡んで発生しています。社会全体で子育てをしやすい環境を整備することや、私たち高校生を含むすべての人が児童虐待について考える意識を持つ必要があります。

ひとごとと思わずに、児童虐待と疑われる事例を発見した場合には、ためらわず児童相談所直通ダイヤル189(いちはやく)に相談してほしいと強く思います。189にかけることで児童相談所に電話がつながり、匿名で相談することも可能です。(高校生記者・はる=2年)