2月24日、ロシアによるウクライナ侵攻から丸3年を迎えた。アメリカでトランプ大統領が就任し、停戦交渉を持ち掛けるなど、事態は動き始めている。現在のロシア、ウクライナの状況や、終結の見込みなどを、ウクライナ研究の第一人者・岡部芳彦先生に聞いた。(文・木和田志乃、写真・岡部芳彦先生提供)
3年にわたる戦争、毎日全土で空襲
―2月24日で、ロシアがウクライナに侵攻してから丸3年たちます。現在の状況を教えてください。
2月4日、ウクライナのゼレンスキー大統領は、ウクライナ軍の戦死者はおよそ4万5000人に上ると発表しました。ただし、両軍合わせて100万人以上が死亡との報道もあったり、アメリカのトランプ大統領は「ウクライナ軍は約70万人、ロシア軍は約80万人が戦死している」と発言したりと、はっきりしたとはわかっていません。
3年の間にロシア軍がじわじわと進出し、ウクライナの領土を取ったり取り返されたりしています。現在はロシアがウクライナの領土を20%程度掌握しています。
―ウクライナの人々はどんな生活を送っていますか。
毎日、全土に空襲があります。夜間に多く、夜中に空襲警報で起こされ、落ち着いて眠れない日々を過ごしています。
首都・キーウには、爆薬が積まれた軍事用ドローンと巡航ミサイルが飛んできます。多い時で200発ほどです。大半が対空兵器で打ち落とされますが、爆撃に巻き込まれて亡くなる人もいます。
日常の中に「戦争」がある
―先生はウクライナを何度も訪問されているそうですね。
私は戦争が始まってから3回訪問し、昨年は9月と12月に行きました。キーウや西にあるイヴァノフランキウシクの広場には戦争で亡くなった方の写真が貼られています。犠牲者の数がかなり多いと感じました。

一方、日本と変わらない部分もあります。ウクライナの高校生も学校に行きます。レストランも営業していますし、デートをするカップルもいます。ただ、そこに空襲があるんです。
―戦争中だと実感した出来事はありますか。
12月にキーウの大学で講演をした時、開始から10分で空襲警報が鳴り、一時中断。どうなるのかと思っていると、地下教室に案内され、すぐに講義を再開できました。ウクライナの人々は、空襲警報が鳴るのを前提に講演の予定を組んでいたのです。民間人も戦争に適応していると感じました。

長期化の理由は「プーチンの主張」にあり
―丸3年たっても、戦争はまだ続いています。なぜ終わらないのでしょうか。
戦争を始めたときの理屈をロシア側ないしプーチン大統領が変えていないことが最大の理由だと思います。
プーチン大統領はウクライナへの軍事侵攻を「特別軍事作戦」と呼んでいます。目的はウクライナの「非ナチ化」「非武装化」だと主張しています。

―どうしてウクライナを「ナチス」と呼んでいるのですか?
ロシアは第2次世界大戦でのナチスへの勝利に大きな意味を持っています。勝利した日は国最大の祝日ですし、軍事パレードも行われるほど。そのためプーチン大統領は「ナチスを倒す」と主張すれば軍事侵攻も「正義」だと主張できる、と考えています。
プーチン大統領は、軍事侵攻以前に自身の論文で、「ロシア人とウクライナ人は歴史的に一体性がある」と述べており、その主張に同意しないウクライナを「ナチス」と呼んでいます。
ウクライナを愛するウクライナ人を否定するのがプーチン大統領の主張する「非ナチ化」。ウクライナ側は、決して受け入れられません。
―「非武装化」を受け入れられない理由はどうしてでしょうか。
ロシアは突然ウクライナを攻めました。ウクライナは自衛のための軍事力を保有する必要性を訴え、ロシアが要求する「非武装化」を拒否しています。
ロシアは地方住民や少数民族を戦争に動員
―ロシア国内にはどのような影響が出ていますか。
ロシアにも死傷者が多く、甚大な被害が出ています。ただし、モスクワやサンクトペテルブルグのような大都市ではなく、ロシア東部の貧しい地域の住民や少数民族を出兵させています。大都市の住民には被害状況が伝わっていません。
―ロシア国民は戦争をどうとらえているのでしょうか。
ロシア国民の多くは、戦争への関心がないと感じます。軍事侵攻が始まった直後は、ロシア各地で反戦デモが起きていました。しかし今はほとんど起きていません。
例えばSNSでロシアの学生の投稿を見かけることもありますが、学校に行っていたりテーマパークに遊びに行っていたりしていて、日本の若者と変わらない生活を送っています。国家間で戦争が起きているとは思えない様子です。
今後は経済制裁の効果が見える可能性
―ロシア経済は悪化していないのですか。
アメリカやEU諸国、日本は、石油・ガスの輸入を禁止や中央銀行の資産凍結したり、半導体や航空機部品の輸出規制といった経済制裁を行いました。しかし、中国やインドなど制裁に加わらない国もあり、短期的には効果が出ていません。
ただし、今後は経済制裁の効果は出てくると考えられます。ロシア政府が大量に兵器を買っているため、国内にたくさんお金が出回り、物価が上がり続ける「インフレ」状態のはずです。そうすると国内の経済にも大きな影響が出てくるでしょう。

ウクライナは日本に「ビジネスの支援」求める
―日本はウクライナにどんな支援をしてきましたか。
日本政府や各地の自治体はウクライナからの避難民の受け入れを迅速に表明し、2000人以上が避難してきました。行政は避難民だと証明するカードを発行。就労支援や生活費の給付を行う民間団体もありました。
既に帰国した方もいて、全員が残っているわけではありません。3年がたち、今年はいろいろな支援が順次打ち切られていく予定です。

―日本は戦後の復興にも関わっていくのでしょうか。
ウクライナは日本へ、戦後の技術支援を求めています。例えば、優れた技術を持った日本の民間企業などが主体となって戦争で傷んだ橋を修復する、高齢化が進む日本の高いリハビリ技術を戦場や空爆でけがをした被害者に提供するなどです。
がれきの撤去などの「一時的な支援」ではなく、技術の提供という形での長期にわたる支援が期待されています。
トランプ大統領が終戦のカギを握る?
―1月、アメリカでトランプ大統領が就任しました。今後のロシア・ウクライナ情勢にどんな影響を与えますか。
アメリカのバイデン前大統領はこの3年間、ウクライナに対して大量の軍事支援をしてきました。ただし、ロシア側からの反撃、特に核兵器による報復を恐れ、ロシア領でのアメリカの兵器の使用を禁じていました。とはいえ、ウクライナは半年前からロシア・クルスク州に越境攻撃を仕掛けていますが、核兵器による反撃はありません。そのような状況の中で、トランプ大統領へと政権が変わりました。
トランプ大統領は2月12日にプーチン大統領と電話会談を行い、ウクライナ戦争の終結に向けた交渉を開始すると取り付けました。トランプ大統領はサウジアラビアで「そう遠くない将来」にプーチン大統領と会談すると発言していて、今後の動きが注目されます。
―ウクライナ国民の民意は。
戦争が3年続き、犠牲者も増え続けているので、「領土を少々失っても戦争を終わらせてもよい」という意見は増えてきています。ただし「2度とロシアが攻めてこない」のが前提です。逆にウクライナの安全が保証される体制ができない限りは戦争継続しかないと考えているとも言えます。
戦争を終わらせるのは「戦争を始めた側」
―どうすれば戦争を終わりますか。
戦争を終わらせられるのは、戦争を始めた人、あるいは国。太平洋戦争だって日本が真珠湾攻撃をして始まり、日本がポツダム宣言を受け入れて終わりました。
今回の場合も、戦争を終わらせられるのはプーチン大統領、あるいはロシアです。ロシアは国民に対する監視も強化しているので、大都市で反戦の動きが大きくなることも期待できません。
トランプ大統領が持ち掛けた停戦交渉によってプーチン大統領が決断したり、大統領がプーチン氏でなくなったりしたときに、戦争は終わりを迎えるでしょう。
すでに「世界大戦」の一歩手前?
―今後、世界各国が参戦する「世界大戦」に発展する危機はありますか。
現状、世界大戦一歩手前であり、「すでに世界大戦は始まっている」とも言えます。直接交戦しているのがウクライナとロシアというだけです。北朝鮮はロシア側で参戦していますし、世界各国はウクライナに軍事支援をしています。

―かつてソ連が崩壊したように、今後ロシア崩壊は考えられますか。
大量動員されているロシアの少数民族から不満が高まり、ロシアが内部から崩れる可能性はゼロではありません。
ソ連崩壊の原因は、アフガニスタンへの軍事侵攻でした。1979年末にソ連がアフガニスタンに侵攻し、88年に何の結果も残さず撤退。3年後にソ連が崩壊しました。
アフガニスタン戦争では、ソ連は1万5千人あまりを超える兵士が戦死したと言われています。結果としてソ連崩壊の遠因になったとも言われます。
正確なことは不明ですが、アメリカやイギリスの情報機関は、ウクライナ戦争によるロシア軍の死傷者を30~35万人程度としています。今後、中長期的にロシアの社会や政治に大きな影響を与えていくと感じています。