山﨑瑠奈さんの弁論原稿「それゆけ虫食いガール」

寒さが身に沁みる真冬の1月、川瀬に入り網を上げるとそこにはうじゃうじゃとうごめく得体の知れない幼虫たち。「うわっ気持ち悪っ」、背筋がぞっとしました。これが私と昆虫食との出会いです。長野県伊那谷の天竜川に伝わる冬の風物詩、ざざむし漁。グローカルコースに所属している私は地域の伝統であるざざむし漁体験の話を聞いて軽い気持ちで参加したのです。この日は虫踏み許可証を身に着けた漁師さんと共に川瀬に入り、両手で四つ手網を持ちながら足で石の裏をガリガリと掻く伝統のざざむし漁を体験しました。ざざむしとは、ザアザア、ザザ、ザザと流れる川の瀬に棲みついている虫の総称であり、特に食用にする虫を「ざざ虫」と言います。これらは主にトビケラ、カワゲラ、ヘビトンボの仲間の幼虫で、ウグイやヤマメなどきれいな水に澄む魚の餌となっています。

ザザ虫漁の作業自体は単純です。しかし、実際にやってみると川の流れと足場の悪い中の作業で、わたしの腰は悲鳴を上げ始めました。と弱音を吐いている場合ではありません。驚くことに漁師さんの平均年齢はなんと80歳。漁を終えると「川の富をいただきました。ありがとうございました」と深く頭を下げる漁師さん。自然や命に感謝し生きていく昔の人々の心が見えました。そしてざざ虫佃煮の試食をする頃にはグロテスクな見た目にも慣れ、エビのような香ばしいおいしさにつられ私は虫食い女子の道に足を踏み入れたのです。

しかしこの飽食の時代になぜあえて昆虫を食べるのか?無理して食べる必要があるのかと感じる人も多いと思いますが、私が昆虫食をすすめるには2つの理由があります。

1つ目の理由は昆虫食は伊那谷の食文化でありこれからも受け継いでいくべき伝統だからです。ここ伊那谷はざざ虫、イナゴ、蜂の子など昆虫食が古くから伝えられています。現代では全国的に均一な食生活になりつつありますが、地域特有の食文化を継承していくことが大切だと私は思います。

2つ目の理由は、昆虫食は「古くて新しい」食文化だからです。昆虫を食べるのは原始的、食糧に乏しい国や地域で食べるものと考える人もいると思いますが、それこそナンセンス。そもそも世界では多くの地域で昆虫が食べられており、2018年からはEUで食用昆虫の取引が自由化されているほか、昆虫をサプリメントとして飢餓で困っている国で使用することも検討されているのです。名古屋女子大学の片山直美先生からは、今、地球規模の食料問題を解決する手段として昆虫食は見直されているということをお聞きしました。世界の食料問題の解決を目指す国連は、特にたんぱく質のひっ追を警告しています。しかしながら現代の畜産業は大量の穀物を飼料として消費する上に廃棄物による環境負荷も大きいことが課題となっています。そこで提案されているのが食用昆虫なのです。更には、持ち運びしやすいということから宇宙食としても注目されており、宇宙でカイコを飼育してさなぎを食用にすることを提案しているとJAXAの山下雅道先生から伺いました。

このように昆虫食の伝統とすばらしさを伝えたい、と力説している私ですが昆虫は一般的に「見た目がグロイ」というのが魅力でもあり欠点でもあります。これだと若い世代に理解を得るのは難しいのも事実です。昆虫食の文化を発展させるには食べ方を工夫して需要を増やすことと、発想の転換が必要だと私は考えました。そこで所属している加工班で「上農発、昆虫カリカリかりんとう」を開発しました。これは、昆虫が苦手な人にも、無理なく美味しく昆虫を食べることができるよう、昆虫の粉末を使用したお菓子で、第5回信州粉もん祭りメニューコンテストで優秀作品となりました。伊那市で開催された大昆蟲食博で昆虫かりんとうの試食コーナーを企画したところ「お姉ちゃん美味しいね、これなら私いけるよ」と子供たちからも大好評、多くの方々に昆虫食の可能性を伝えることができました。今後はさらに製品の質を向上させていきたいです。また、私の所属しているグローカルコースでは世界的な視野をもち地域で活動を行っています。その中で私は課題研究で伊那谷の昆虫を使用した宇宙食の開発をテーマに行いたいと考えています。また、今後は地域新聞、パンフレットを作成し、地域の食文化、歴史などを紹介、伊那谷の観光にも役立てたいと考えています。高校卒業後は地元の食品会社に入社、新たな昆虫食を開発し、地域の伝統を守っていくのが私の目標です。はるか昔から伊那谷の人々の暮らしを支えてきた昆虫食。昆虫1匹は決して大きなものではありません。しかし、その小さな体には無限の可能性が秘められています。小さな虫から世界へ羽ばたけ昆虫食、虫食いガールの私は今日も研究中です。