福島第1原子力発電所の事故から9年がたとうとしています。あなたは原発について、何を思いますか? 矢座孟之進(たけのしん)君(東京学芸大学附属国際中等教育学校2年)は福島第1原子力発電所の事故をきっかけに、原発問題に向き合い、約40分のドキュメンタリー映画を作りました。昨年、高校生が作る映画作品の全国大会「高校生のためのeiga worldcup 2019」で最優秀作品に選ばれています。矢座君が作品に込めた思い、原発問題への向き合い方について聞きました。(構成・野村麻里子)
きっかけは原発をめぐる討論の「気持ち悪さ」
――原発をテーマに映画を作ろうとしたきっかけを教えてください。
元々エネルギー問題に関心はあったのですが、1番のきっかけは中学3年生のときに社会科の授業で行った原発に関するディスカッションでした。
僕の学校ではディスカッションをすることが多いです。普段のみんなは、違う意見でも相手の話を聞き、理解する努力をして、その上で反駁(はんすう)をしているので、話し合いが成立しています。しかし、テーマが原発の時だけでは、互いに自分の意見を主張するだけ。このようなディスカッションは初めてで、僕の心の中でずっと「気持ち悪さ」が残りました。
――話し合いが成立しないことを「気持ち悪く」感じたんですね。
はい。これがきっかけで、「賛成派」と「反対派」の橋渡しを行いたいと考えるようになりました。
その手段を考える際、元々映画に関心がありました。やはり、専門家の「声」を聞くことで説得力が生まれますし、実際に福島の様子を映像として伝えることで、単なる文章やスピーチでは伝え切れないものがあると思います。それで、ドキュメンタリー映画を作ることにしたんです。
若者に原発の知識をつけ関心をもってほしい
――映画では矢座君と2人の男子高校生が、原発を巡る当事者や専門家の意見を取材する形式をとっていますね。この3人はどんなつながりがあるんですか?
始まりは3人で始めた研究なんです。「ドキュメンタリー作品による原子力発電に対する意識改革」というテーマで、若年層の原子力発電に対する知識や関心の向上をドキュメンタリーによって促すことができるか、分析する研究としてはじめました。この研究の中心メンバーが、僕を含め映像に映っていた3人(矢座君、羽仁高滉君、土屋駿君)です。
――役割分担は?
映像の構成や脚本、編集は僕が担当し、研究自体は3人で分担していました。
例えば、研究のデータを取るのに使ったアンケートは羽仁がつくり、インタビューした結果を報告書制作としてまとめる作業などは土屋が担当しました。
友人にイラストをお願いしたり、3人で話し合うシーンを撮るため、放課後に偶然教室にいた友人にカメラを持ってもらったりするなど、協力してくれた人も合わせると2年生8人で作った映画ということになります。
――どのくらいの制作期間がかかりましたか?
2018年4月~19年9月の17カ月間です。
最初のバージョンが完成したのは18年12月で、そこから研究の論文をまとめるのに3月まで忙しかったので、動画の改変は行っていません。
昨年4月からは、福島映像祭や高校生のためのeiga worldcup 2019に向けて余計な部分を切ったり、アニメーションを増やしたりして、現在のバージョンが9月上旬に完成しました。
――使った機材を教えてください。
カメラはCanon EOS M5、レンズはEF-M18-150mm F3.5-6.3 IS STM。編集はMacBook Pro (2016, 13inch)で行いました。
賛成派も反対派も原発を「やかん」と呼んだ
――たくさんの専門家や当事者を取材している姿勢が印象的でした。原発問題は、賛否が分かれる難しい話題だと思います。映像作品としてまとめるうえでの苦労や葛藤があれば教えてください。
取材は、米国の物理学研究者や東京工業大学の原子力研究者、原発を推進しているフランスの原子力参事官、東京電力の担当者など、賛成、反対さまざまな立場の人たちに直接会いに行き、声をひろっていきました。もちろん福島第1原子力発電所から20キロ圏内を訪問できるツアーにも参加し、福島に住む人の声も聞きました。
インタビューをしていて、同じ内容なのに賛成派の方、反対派の方で言っていることが一致しない時がたくさんありました。いったいどの情報を使っていいか、わからなかったのが一番苦労しました。とにかくたくさんの文献を読み込んで、いくつもの情報源から情報を調べるようにすることぐらいしか、この苦労を乗り越える方法はありませんでした。
実は、言っていることが一致しないこの状況を「日本一大きいやかんの話」というタイトルそのもので表しています。
――やかん……特徴的なタイトルですよね。
インタビューをしている中で気づいたのが、賛成派と反対派がどちらも原発を「やかん」という言葉を使って説明していたことでした。
賛成派は、「原発が実はすごく単純な仕組みなのだ」ということを言うために、反対派は「お湯を沸かすためになんでこれほどのリスクを負わなくてはいけないのだ」という意味で使っていました。同じ「原発」を、同じ「やかん」という言葉を使って説明しているのに、人に違う印象を与えることがとても興味深いと思いました。
この「やかん」という言葉一つを取るだけで、原発をめぐるあつれきが見えてくるような気がして。それでタイトルを「日本一大きいやかんの話」としました。
――一番印象に残っているインタビューはありますか?
小田原でソーラーシェアリング(農業を営みながら太陽光発電をすること)をしている小山田大和さんのインタビューです。「反対運動をするのではなくて、小さくてもいいから実践を通じて原発がいらない社会をつくる」という言葉が心に残っています。
理想をただ語るのではなく、実際に動くことの重要さを感じました。原発に関わらず、行動することの一つ一つの積み重ねが世界を動かすのだなと思い、小山田さんの言葉には感銘を受けました。
「自分の目で見ないと分からない」福島へ、アメリカへ、フランスへ
――作品作りの工夫を教えてください。
原子力に関わる難しい用語も出てきますので、わかりやすいようにアニメーションやイラストを用いました。アニメはAdobe After Effectsを使って作成しました。
僕はアニメーションを作ったことがなかったので、初めて使うソフトウエアで一からイラストを作ったり、動かしたりすることはとても難しかったです。YouTubeでチュートリアル動画を見たりインターネットで勉強したりして作っていきました。
――今、改めて原発を維持することや新エネルギーの可能性についての意見をお話しください。
このドキュメンタリーですが、実はまだ撮り終えていません。今も取材は続けており、夏に決着をつけるつもりです。
現段階での僕の原発の利用に関する考えは、中立的な立場というよりは、「わからない」というのが一番近いと思います。取材を重ねるごとに、原発問題について知れば知るほど、葛藤が強くなっています。
ソーラーパネルなどによる新エネルギーは、発電量自体はまだまだ伸ばすことができるとは思います。ですが、それをいかに最大限供給に利用するかということが、難しいところだと思います。
――渡米したり福島に行ったり、フランスの大使館に行き英語でインタビューしたり……とても積極的にさまざまな人のリアルな声を聞きに行く姿はとてもパワフルに見えました。その原動力は?
やはり、そこでしかきけない話や、実際の状況をカメラにおさめないと伝わらないものがあると思うと、現地に取材に行こうと思うのは自然なことだと思います。
実際に自分で行ってみて、自分の目で見てみないとわからないことはたくさんあります。可能な限り、自分たちの足で取材に行くようにしました。とにかく疑問に思ったことは聞くようにして少しでも多くのことを学べるようにしています。
見たこと聞いたことをうのみにしないよう注意
――ドキュメンタリーを構成するうえで気をつけたことは?
この作品は「人の意見を変えるために作ったものではない」ので、賛成派の意見だけがずっと続いたり、同じように反対派の意見だけがずっと続いたりしないように気をつけました。
「賛成派と反対派の橋渡しを行うために作っているもの」であったため、その部分に関わる僕らからのメッセージは、最後に来るようにしました。
あとは論理に飛躍がないように、最後のシーンから逆算して、内容に一貫性があるように構成を考えていきました。
――この作品作成を通じて、学んだこと、感じたことなどを教えてください。
撮影期間中に3回、福島に行く機会がありました。そのうち2回目と3回目は実際に帰還困難区域に入りました。
初めて行った時は、原発を反対する方に案内してもらったためか、「福島の復興は進んでいない」という印象を受けました。次に案内してもらった方は町おこしをしている方で、その時は「福島の復興は着実に進んでいる」という印象を受けました。
全く同じ景色を見ているにも関わらず、それをどのようにして切り取って見せるかで、こうも印象が変わることに驚きました。
批判的思考力とも少し違いますが、見ること聞くこと全てを信じるのではなく、「自分でも調べて、考えて、学んだことを再構成することの重要さ」は、この作品を作っている中で何度も感じたことでした。
マイケル・ムーア監督が憧れ
――日ごろから見ている映像作品やテレビ番組があれば教えてください。
高校に入ってからは忙しくて、テレビを見ていません。ですが、英語を忘れないように寝る前にNetflixで「Friends」「That '70s Show」のようなsitcom(ユーモラスなテレビドラマ)を見るようにしています。
昔よく見ていたのは、「世界の果てまでイッテQ」「世界遺産」「題名のない音楽会」「Planet Earth」などです。
――憧れている、参考にしている作品などがあれば教えてください。
僕が憧れている作品は、マイケル・ムーア監督の「Bowling for Columbine」という映画です。(編集部注:高校での銃乱射事件を題材した映画)
ムーア監督の作品の魅力はシリアスなトピックでも、それを皮肉やユーモアを入れて社会問題を描くことです。しかし、その皮肉やユーモアで生まれる笑いはコメディーにある笑いではなく、苦笑い、あるいは冷笑に近いものです。その笑いも、題材となっている社会問題に対する怒りの感情に近いものになっていきます。
社会問題を描くドキュメンタリーでひたすら暗い部分だけを見せて、視聴後に一種の悲しみや絶望の感情にする映画はたくさんあります。ですが、ムーア監督のドキュメンタリーを見ると怒りに近い感情が生まれます。怒りという感情は、喜怒哀楽の中でも特に人を突き動かすような強い感情だと思います。悲しい感情で劇場を出るよりは、怒りの感情を持って会場を出たお客さんの方が、その後ドキュメンタリーで見たことを考え続けるのではないでしょうか。
特に「Bowling for Columbine」は見終わった後の怒りに近い感情がすごく印象的で、ずっと心に残っている作品です。
――作成技術を磨くために行っていることがあれば教えてください。
もちろん映像作りの勉強も重要ですが、僕が日頃から行っているのは、原発についての本や国や企業の資料を読むこと。とにかくたくさんの情報を、さまざまな情報源から集めることです。
後世に僕らの「今」を伝えられる
――ドキュメンタリーの魅力は何だと思いますか?
ドキュメンタリーは、広い意味では映像だけでなく画像も含まれていますが、どちらもとても魅力的だと思います。
例えば「Raising a Flag over the Reichstag」(ライヒスタークの赤旗。第二次世界大戦のベルリン攻防戦で撮影された写真)は、歴史の転換点をとらえた本当に好きな写真です。
その瞬間にその場所にいた人しか見られないものを、何十年も先に僕が見られていると思うと、とても感慨深いものがあります。
「Document」という単語の意味そのものですが、ドキュメンタリーの役割は「今」の記録。それが後世に残って、僕が生きていたこの時代のことを伝えられるということに強い魅力を感じます。
もちろん「日本一大きいやかんの話」のように、現代の人々に「今」を伝えるという役割もあります。映像の力によって人に現代の一場面に目を向けさせることができるというのも大きな魅力だと思います。
――ドキュメンタリーを作るうえでのモットーはなんでしょうか?
マイケル・ムーア監督は、以前インタビュー記事の中で「政治的なスピーチをしたいなら政党に入って政治家になればいい。説教をしたいなら神学校に入って説教者になればいい。レクチャーをしたいなら先生になればいい。でも、あなたはこれらの職業を選んだのではなく、フィルムメーカーという職を選択し、映像という手段を使うことを決めたのだ。だから映画を作りなさい」と言っています。
ドキュメンタリーは、人を扇動するために作っているのではないし、教育するためにあるのでもありません。
あくまで映画であって、エンターテインメントであるということです。モットーというほどのことではありませんが、ドキュメンタリーを制作する上で意識しているのは、僕はドキュメンタリアン(ドキュメンタリー作家)である前にフィルムメーカー(映画監督)でなくてはならないということです。
――将来は映画監督を目指すのですか?
映画監督もとても魅力的な職業ですが、まだ将来の夢は検討中です。進路については勉強したいことがまだ一つに絞れていないので、取りあえずアメリカに行ってリベラルアーツのもとで4年間勉強して、大学院で専攻を決めようと考えています。