池上貴久教授

横浜市立大学 理学部※ 生命医科学研究科 構造エピゲノム科学研究室 池上貴久教授にお話を伺いました。(※2019年4月設置予定)

深刻な院内感染のリスクがある耐性菌のメカニズムを探る

病気になったときに抗生物質をもらったことがある、という経験を持つ人は多いのではないだろうか? 抗生物質は細菌が繁殖するのを防ぐ性質を持っているが、近年では抗生物質が効かない「耐性菌」が注目されている。ある抗生物質を長期間使い続けていると、それが効かない耐性菌が生じ、また別の抗生物質で対処しても、再びその抗生物質に耐性を持った菌が生まれてくるのだ。

「特に病院では人類が薬として持っているすべての抗生物質に耐性を持った菌が生じています。体が弱った状態でそれらに感染すると死に至る可能性もあり、院内感染事故として問題になっています」と話すのは横浜市立大学理学部・生命医科学研究科 構造エピゲノム科学研究室の池上貴久教授。

「最後の砦と言われていた抗生物質がバンコマイシン。しかし2002年にバンコマイシンに耐性を持つ黄色ブドウ球菌という細菌が発見されました。この細菌が作り出す『VanX(バンエックス)』という酵素の解析を行っています」

研究室で解析に使われているのが「N M R(核磁気共鳴,nuclear magnetic resonance)装置」だ。タンパク質や化学物質内の水素原子核の観測ができるという。

「病院で使われているMRI(磁気共鳴画像, magnetic resonanceimaging)と原理は同じです。MRIでは人間の体内にある水の中の水素原子核を、NMRではタンパク質や化学物質内の水素原子核を観測。1つのタンパク質には数千から数万個の水素原子が含まれており、それら水素原子核間の距離情報を何千個と集めることでタンパク質の形が判明します」

20種類のアミノ酸が数珠のようにつながっていて、さらにそれが上手に折りたたまれてできているのがタンパク質だ。そのアミノ酸の種類や数、配列によって、それぞれのタンパク質は異なる性質を持っている。

「酵素もタンパク質の一種で、ある物質を別の物質に変えたり、物質を切断したりするような反応を手伝います。たとえば卵白に含まれるリゾチームは、細菌の細胞壁を切断する働きを持つ酵素です」と池上教授。

「VanXを設計しているDNAはすでにわかっていますので、精製することができます。これをNMRで観測し、形や特徴などを詳しく調べていくのです」

だが、この「精製→観測」の流れが一筋縄ではいかないのだという。「VanXは壊れやすいという特徴があります。研究当初は測定に3日~1週間はかかっていたのですが、1日程度で壊れてしまう。そのため、精製のときにDNAの設計図を組み替えるなど工夫をして、少しでも長持ちさせる必要がありました。しかし精製するにも2週間程度はかかりますので、それも時間がかかる。実は、この研究は私の上司に当たる先生がやりはじめたのを私が引き継いで、ここまでくるのに約20年かかっているんですよ」

とはいえ近年では、数週間活性を保つVanXの精製が可能になっており、同時にNMRの性能も向上。「それでもまだ解明まで数年はかかると思われます」と話す。

解析に使われている「NMR装置」

社会に出てからも役立つ問題解決能力を学ぶ

「学生たちもNMRを使った解析を行っています。VanX以外にもテーマがあり、別のタンパク質をテーマにする学生もいます。ただ、思った通りのタンパク質を精製する過程だけで3年かかってしまうこともあります。個人の経験値に比例する部分が大きいので、先輩の成果を引き継ぐということがなかなか難しいんです」と話すように、研究に時間を要するという点は池上教授の研究と同じだ。

「たとえ研究が道半ばでも、多くの学生は『問題解決能力』を身につけて卒業していきます。たとえば『精製している途中でタンパク質が消えてしまった』ときにどうするか、たいていの学生は始めからやり直して、同じところで失敗しがちです。そういう場合、どの部分が悪かったのか仮説を立ててみて、『Aは前回そのまま』『Bは1箇所だけを変えて』、2パターンを同時並行でやってみる。それを比較するんです」と池上教授。この手法は研究の基本だというが、失敗の原因をつきとめるのに役立つのだという。

「そのために彼らに良く話すのは、周囲とのコミュニケーションの大切さです。研究に行き詰まったら、私や先輩だけでなく、同学年の仲間にも話を聞いてみること。聞いてみたら同じ失敗をしていることも多い。そうやって解決の糸口を見つけていくんです」