首都大学東京 理学部 数理科学科 内山成憲教授にお話を伺いました。

「暗号」と聞いて、高校生は何を思い浮かべるだろうか?まずは肩慣らし。一般的によく知られている暗号を解いてみよう。

「IJHI TDIPPM」を解読せよ

これは、古典的な暗号方式で、シーザー暗号と呼ばれている。紀元前1世紀頃から使われ、アルファベットを一定の文字数ずつずらして表記するものだ。出題では、1文字ずつ後ろにずらして表記した。答えは「HIGH SCHOOL」だ。

「暗号は推理小説によく出てきますが、実際には戦争の道具にされるなど、きなくさいイメージもあります。しかし、インターネットのようなオープンネットワークが浸透している現在、実は私たちの日常生活で暗号は重要なインフラ(社会基盤)としての役割を担うようになりました」と話すのは、数理科学科で暗号理論や数論アルゴリズム(問題を解くための方法や手順)を研究する内山成憲教授だ。

内山成憲教授

インターネットで欠かせない情報の暗号化

「暗号通信を行うには、事前に暗号を解くための“鍵”の共有が必要です。いわば合鍵のようなもので、これを共通鍵暗号と呼びます」。前出のシーザー暗号の鍵は「文字を1文字ずつ後ろにずらす」だ。「古典的な暗号方式の問題点は、この共通鍵暗号の運用が困難だったこと。例えば、戦時下で、味方の暗号を解くためのコードブックがあっても、敵に盗まれて暗号が破られるといったことが起こっていたわけです」。

情報通信を安全に行うには、個人情報や機密が他者に知られないように情報を暗号化する必要がある。「例えばネットショッピングも、購入時に入力する個人情報が暗号化されることで、面識のない相手とも安心して取引することができます」と内山教授。

実際にインターネット上で情報をやりとりするためには、暗号化する鍵と、暗号化した情報を復号(暗号化したデータを復元すること)するための鍵が必要だ。暗号化する鍵は最初から公開してインターネット上に置くことで大勢が共有できるようになったが、復号するための鍵は従来通り受信者だけの秘密にしなければならない。「それを公開鍵暗号と言いますが、その復号を他者に破られないようにするには、一方通行にして「こっちは通れる(暗号化)」けど「そっちからは通れない(復号不可)」という関数があれば実現できると提案されたのが1976年。そこで注目されたのが、素数と素因数分解です」。

 

私たちの生活を支える素因数分解=数学の力

素因数分解はある合成数を素数に分解するものだ。15を素因数分解すると3×5になる。3937 は31×127 で、暗算では難しいけれどパソコンを使えば簡単だ。だが、例えば2の2000乗ほどの非常に大きな合成数は、高速のコンピュータを使っても素因数分解が難しく、理論的には可能でも、事実上不可能だ。「それまで何の役に立つ?と言われがちだった数学の一分野である整数論に、ようやく脚光が当たったのです」。

このような情報セキュリティをとりまく現代の暗号を研究しているのが内山研究室だ。「素因数分解に使われる素数をどう効率よく生成するか、その合成数の素因数分解がどのくらい難しいのかを解析することは、私の研究室の一つのテーマです」と内山教授。つまり、新しい暗号方式を提案したり、ある暗号が本当に解けないか、その安全性を確かめているのだ。

内山研究室は4年次から所属する。3年次に「暗号理論入門」を受講し、興味をもった学生が門戸を叩くという。大学院生の研究を手伝いながら週1回のセミナーで、文献を教科書として、学生による輪講を行い、暗号理論の知識を得る。より深く暗号理論を追究したい学生は、大学院に進学する。「学生には解読コンテスト『MQチャレンジ』にも挑戦してもらっています。2016年には、約144 万秒(約400 時間)で解読した学生も。今もチャンピオンレコードは破られていないんです」。

「暗号技術は決して数学の中だけで閉じていません。法律や経済なども関係する総合科学で、さまざまなバックボーンをもつ研究者とコミュニケーションをとって研究するおもしろい分野です」。暗号理論の魅力について、そう語る内山教授。最後に高校生にこんなメッセージをくれた。「高校時代は、ただ好きなことを突き詰めればいい。没頭できることが、自分の血となり肉となり、将来を支えるコアな力となります」。