読書の秋、「本を読んだ方がいいとは分かっていても、きっかけがつかめない」と焦りを感じている高校生もいるのではないだろうか。そもそも読書でどんな力が身に付くのか。中学・高校の校長を務めた経験を持ち、これまで3000冊以上の本を読んできた藤原和博さんに聞いた。 (野口涼)

ふじはら・かずひろ 教育改革実践家。東京大学経済学部卒業後、リクルート入社。メディアファクトリー(出版社)の創業などを手掛けた。杉並区立和田中学校や奈良市立一条高校で校長を務めた。「本を読む人だけが手にするもの」(日本実業出版社)など著書多数。

著者の思考、追体験できる

中高生のころは、まったく本を読まなかったという。読書に目覚めたのは、30代になり、出版社の経営に携わってからだ。作家や編集者の話についていけず、1年に100冊以上の本を読むことを自らに課した。「だから高校生に偉そうなことは言えませんし、読み始めるタイミングはいつでもいいと思います。ただし、どんな企業家でもプロデューサーでも、一流の人で本を読んでいない人には会ったことがありませんよ」

藤原さんによれば、本を読むことの意味は明確だ。「小説であれ、エッセーやノンフィクションであれ、一冊の本には著者が長い時間をかけて調べ上げたこと、体験したことが分かりやすく書かれています。人が自分一人の人生で見て経験できることには限界がある。読書の良さとは、著者が長い時間と、場合によってはたくさんのお金をかけてしたこと、考えたことをごく短時間で追体験できることに尽きるのではないでしょうか」

多読・乱読で世界が広がる

「全ての作品は作家の『脳のかけら』のようなもの」と例える。それを自分の脳にブロックのようにはめ込み、拡張させていくことで、世界を広く深く知ることができるという。その際大切なのは、さまざまな分野の本を読むことだ。「いわゆる多読(たくさん読む)・乱読(さまざまな分野の本を読む)を習慣化することが、思いがけない発見や奇跡的な遭遇につながります。最初から完全に理解しようと思う必要はありません。広く浅くなぞるだけでも、いつどこで何が何と結び付くか分からない。本から知識を吸収し、自らさまざまな体験を重ねることで、これからの社会で生きるために必要な『情報編集力』(自分が納得できる答えを導き出すこと)を身に付けることができるのです」

思考力と表現力が付く

「情報はスマートフォンで収集しているから読書は不要」と考える人もいるかもしれない。しかし藤原さんによれば、スマホやテレビで得られる情報は「良い悪い」を対比して示されるという。「そのため『白か黒か、0か1か』という二項対立でしか世界を理解できなくなってしまうことがありますが、本は違う。思考力を養うには本は欠かせません」

2020年、センター試験に代わって新たな共通テストがスタートする。「必ずしも正解が一つではないことが問われるのが共通テスト。記述式問題も増え、自分の意見を持つことが非常に大切になってきます。思考力や表現力を身に付けるには、本を読み、言葉とその使い方を脳の回路に染み込ませるしかありません」

読み切る必要はない

それでは、読書習慣のない高校生はどんな本を手に取ればいいのだろう。「読書というとなぜか『古典的名作』に触れなければならないという思い込みが根強くあります。しかし私自身、学校の課題図書で読んだ名作のあまりのつまらなさに10代から20代にかけての読書習慣を失ったとさえ思っています」。まずは自分が興味のある分野の本を手に取ってみることがお勧めだ。

「ミステリーでもファンタジーでも構いません。将棋が好きなら将棋の、陸上部に所属しているなら陸上を題材にした小説やノンフィクションがいくらでもある。それなら読んでみようという気持ちになるのではないでしょうか。高校生の段階では、まずは好きなものに向かっていけばいい。バランスは後からいくらでも取ることができます」

また、「面白くなかったら最後まで読み切る必要はない」とも話す。「合う、合わないは誰にでも必ずある。私は年間200冊の本を読みますが、50ページまで読んでつまらなければ迷わず読むのをやめています」

 
 
藤原さんお薦めの1冊

ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来(上・下)

(河出書房新社、ユヴァル・ノア・ハラリ著、柴田裕之訳)

「人類の全て」を博物学的に書き切り、ベストセラーになった「サピエンス全史」の続編。人工知能(AI)の発達により、幸福になるための判断をネットワークに委ねるようになった人間の未来が、ウイットに富んだ文章で書かれている。