科学の分野で起こる出来事は、私たちの生活に関わるばかりでなく、日本や世界の動向にも大きな影響を与えている。一見「大ニュース」と感じなくても、進路や生活に深く関わることもある。「未来を担う高校生に知っておいてほしい」という観点から、科学技術振興機構(JST)の情報サイト「サイエンスポータル」の内城喜貴編集長と小泉輝武さんに、今年の科学ニュースを振り返ってもらった。(構成・安永美穂)
1 AI
目覚ましい進化、応用の道広がる
今年も人工知能(AI)の進歩は目覚ましく、10月には指し手を自ら学ぶ「アルファ碁ゼロ」が開発されたことが報じられた。囲碁のルールだけを教えれば、人間の棋士の対局データを入力しなくてもAIが自ら勝つための手を考えるという点が昨年開発された「アルファ碁」とは異なり、独学で世界一になる囲碁ソフトができたことに世界のAI開発者たちが驚いた。
AIの研究は日本でも盛んで、7月には大腸がんを早期に見つける診断システム、8月にはコンクリートのひび割れを高い精度で自動検出するシステムの開発が報じられた。
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2 地球温暖化
止まらぬ気温上昇、国際協調危うし
11月、世界気象機関(WMO)が「世界の平均気温(今年9月まで)は、3年連続で観測史上高い順で3位以内に入ることが確実」と発表。地球の温暖化が進んでいることが明らかになった。9月に日本を縦断した台風18号をはじめ、世界各地で異常気象が発生し、温暖化との関係が示唆されている。
一方、6月にはトランプ米大統領が、温暖化対策の国際的な枠組みである「パリ協定」からの脱退を表明。大気には国境がないため、世界が一つになって対策を進めていく必要があるが、国際協調の体制の危うさが浮き彫りになった。
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3 国際競争
日本の科学力低下の恐れ
3月、世界的に権威ある科学誌ネイチャーが「日本の科学成果の水準がこの10年で低下し、科学先進国から後れをとっている」という特集を掲載。4月には、オランダの出版社が「日本の女性研究者の割合は20%で、調査対象の12カ国・地域で最低」という調査結果を発表した。
8月には、2013年からの3年間に日本が出した論文数は、10年前の世界2位から4位に下がったという調査結果も明らかに。トップは変わらず米国で、中国、ドイツに抜かれた。資源が乏しい日本は科学技術力により国を支える必要があり、科学力の低下を防ぐ取り組みは急務である。
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4 医療
iPS細胞研究が進展
山中伸弥・京都大学教授が世界で初めて作ることに成功し、再生医療の実現に重要な役割を果たすと期待されているiPS細胞(人工多能性幹細胞)の応用研究が、今年もさらなる進展を遂げた。
1月には、理化学研究所のグループが、失明したマウスにiPS細胞から作った網膜組織を移植して目に光を感じさせることに成功。2月には、他人のiPS細胞から作った網膜細胞を目の重い病気にかかっている患者に移植する臨床研究も、理研、京都大などの研究グループによって始まった。
このほか、内科・外科の分野への応用研究も着実に成果を上げている。
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5 地質学
「千葉時代(チバニアン)」誕生へ
地球の歴史の中で、まだ名前がついていなかった約77万~12万6千年前の時代が「チバニアン(千葉時代)」と命名されることがほぼ確実となった。
地球は一つの磁石であり、過去360万年間の中ではN極とS極の向きが11回逆転したと考えられている。千葉県市原市の地層「千葉セクション」には、直近の約77万年前に起きた逆転の痕跡が見られ、この時期の地質時代区分を示す代表的な地層であることが今年11月に国際学会の作業部会の審査で認められた。来年中に正式決定する見込みで、地質時代に初めて日本由来の名前がつくことになる。
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6 物理学
重力波の研究で日本人チームも活躍
重力波とは、時空のゆがみが波の形で伝わる現象のこと。昨年2月に「アインシュタインが100年前に存在を予言した重力波の初観測に成功した」と国際実験施設「LIGO(ライゴ)」のチームが発表したが、今年10月には初観測に貢献した米国の3人の研究者のノーベル物理学賞受賞が決定した。
その約2週間後には、日本の国立天文台や名古屋大学などの観測チームが、重力波を出した「二つの中性子星の合体」を可視光や赤外線などを使った観測で特定することに成功したと発表。日本の研究者の活躍が注目された。
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7 生物
毒を持つ「ヒアリ」が国内で初めて見つかる
南米原産で強い毒を持つ「ヒアリ」が、神戸、名古屋、大阪の各港など国内各地で5月以降に次々と見つかった。刺された場合の症状には個人差があり、ヒアリの毒に特に敏感な人は重いアレルギー症状(アナフィラキシーショック)を起こしやすいとされ、メディアでは大きく取り上げられた。
ただし、刺された人が死亡する例はまれで、研究者は「油断することなく正しく怖がってほしい」と呼びかけ、研究者や行政、民間が連携しながらヒアリの防除体制を整えていくことの重要性を指摘している。
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8 国際目標SDGs
貧困や環境悪化などの解決を目指すが課題は多数
SDGsとは、2015年の国連総会で採択された「持続可能な開発目標」のことで、貧困や飢餓の撲滅、気候変動をめぐる対策、人や国などの平等といった17の目標が掲げられている。今年5月にはジェンダー(男女の社会・文化的な性差)の平等をめざす「ジェンダーサミット」を開催するなど、日本も積極的な取り組みを進めている。
しかし、3月には「世界の5歳未満児の死因の約4分の1を大気、水汚染などの環境要因が占める」、4月には「世界の7.7億人が1日1.9ドル未満で生活している」との報告がなされ、課題はまだ多い。
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9 宇宙開発
衛星「みちびき」打ち上げ、国内GPS体制が確立
日本独自のGPS(衛星利用測位システム)構築をめざす準天頂衛星「みちびき」の2号機、3号機、4号機が6月、8月、10月にそれぞれ打ち上げられた。
GPSは、スマートフォンでの現在地や目的地の確認など、私たちの日々の生活に役立っているが、これまでの国内での地上位置計測は長期にわたり米国のGPS衛星に大きく頼ってきた。4号機の打ち上げ成功により、国内衛星の4基体制が実現。日本の真上付近に常に衛星が配置されることで、より高精度で安定した位置情報が得られるようになった。
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10 海洋現象
黒潮が12年ぶりに大蛇行 漁業に影響も
9月、日本の南岸を流れる黒潮が、紀伊半島付近で大きく南に流れて伊豆半島付近でもとに戻る「大蛇行」の状態になったと気象庁が発表した。
大蛇行は近年では1975年、1981年、1986年、1989年、2004~05年に発生し、今回は12年ぶりとなる。原因は不明だが、水温の変化により魚の漁獲高に影響を与えたり、高潮が発生しやすくなることから低地に浸水被害を及ぼしたりしてきた。今年の大蛇行については、9月の台風18号による浸水被害や、カツオなどの漁獲高に影響したとの指摘もある。
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番外 宇宙
通常の1000倍を超える規模の太陽フレアが発生
太陽の表面で起こる大規模な爆発現象「太陽フレア」が、日本時間の9月6日の午後に2回にわたって発生したことを、米航空宇宙局(NASA)が発表した。太陽フレアが発生すると、膨大な量の電磁波が放出されるため、地上の通信機器やGPSなどへの影響や混乱が心配された。
後日、国土地理院はGPSの誤差が太陽フレア前と比べて最大で3倍程度増大したと発表。今回の爆発の規模は通常の1000倍以上で、観測された映像がメディアで公開され注目されたが、市民生活に大きな影響はなかったといえる。
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