わずかしか水が出ない蛇口の周りに、子どもたちが集う(安田菜津紀さん撮影)

2011年、シリアで現アサド政権に対する反政府デモが起こり、内戦が始まった。終結への出口が見えない中、国外へ逃れて難民となったシリアの人々は、16年8月時点で480万人を超えている。内戦前からシリアに通い、現在は難民キャンプの取材を続けているフォトジャーナリスト、安田菜津紀さんにシリア難民の現状を聞いた。
(平野さゆみ)

日中40度超え 扇風機も使えず

──シリア難民の現状を教えてください。

私が取材を続けているのは、シリアの隣国ヨルダンの北部にある「ザータリ難民キャンプ」です。現在、約8万人のシリア難民がテントやプレハブで暮らしています。ここは砂地で、夏の日中は気温が40度を超え、夜になると20度くらい下がる、寒暖差の激しい所です。

キャンプ開設から4年がたち、インフラ整備も進んできましたが、電気がつくのは夕方の数時間。暑くても日中は扇風機が使えません。水が出るタンクを探して何百㍍も歩かねばならず、共同トイレにはドアもない。国連から支給されるクーポンを食料と引き換えるのですが、手に入るのは最低限の量の乾いたパンばかり。強風で巻き上がる砂ぼこりを吸い込み、子どもの肺疾患が深刻化しています。

劣悪な生活環境に耐えかね、キャンプを出る人も少なくありません。実際は、キャンプではなく都市部に逃れて暮らしているシリア難民のほうが圧倒的に多いのです。

報道が減り支援も減り

──都市部の人はどのように暮らしているのですか。

もともとシリア難民はヨルダン内で働くことを禁じられていたものの、不法就労をする人が少なくありませんでした。経済的な事情もありますが、いつとも分からない自国に帰れる日を、何もせず待つだけの生活なんて続けられないですよね。

ただ、内戦が長期化し、さすがにヨルダン政府も一部の難民の就労を認めるようになりました。それを受けて、ヨルダン人が「シリア人に仕事を奪われる」と危機感を募らせ、あつれきが生じています。「ここには安全はあるけれど、安心はない」。そんな言葉を、シリア難民の人々は頻繁に口にします。

──難民の人たちが今一番求めていることは何でしょうか。

それぞれ抱える事情が異なるので、一概には言えないんです。「難民」という言葉でひとくくりにしがちですが、その裏に一人一人違う人間がいることに、思いをはせてほしいですね。

ただ、シリア難民の存在が常態化した今、メディアでの報道が減っています。それに伴って寄せられる支援も減っていて、「自分たちは世界から見捨てられた」という思いを抱いている人が非常に多いです。

「なぜ人間は壊すの?」

──どんな思いで取材をして、何を心掛けていますか。

シリア難民一人一人の悲しみに耳を傾け、人々の生きる姿を共有したいという願いを込め、シャッターを切っています。心掛けているのは、取材相手に対する敬意を忘れないこと、そして「優しい発信の仕方」をすることです。悲惨な写真をいきなり突き付けても、「怖い」「見たくない」と、かえって受け手の心を遠ざけてしまうのではないでしょうか。

過酷なテント生活の今でさえ、お茶を私にふるまおうとし、「寒いだろう。持っていけ」と自分の毛布を差し出してくれる、シリアの人の温かさ。世界遺産に登録された壮麗な建造物がそびえる、内戦前のシリアの美しさ。私がシリアで見たのは、つらいことや怖いものだけではありません。内戦前のシリアの写真を見た日本の小学生が「こんなにきれいな所を、なぜ人間は壊しちゃうんだろう」と言いました。私が一番伝えたいことを、美しかったシリアの風景を通して受け取ってくれたのがうれしかったですね。

 

高校生は「歯がゆさ」大事に

──遠く離れた日本の高校生にできる支援はありますか。

今の彼らにとって情報を得るための生命線ともいえるのがツイッターなどのSNSです。だから、「あなたたちのことを忘れていないよ」という意志を日本から発信し続けることで、彼らの目に届くかもしれません。そうするためにも、まずはシリアや難民を知ることから始めてみてください。

──最後に、高校生にメッセージをお願いします。

シリア難民の現状を知っても、高校生には何もできない、と歯がゆさを感じるかもしれません。でも、やがてみなさんは大人になる。どんな道を選んでも、その中で彼らを支援するために担える役割がきっと見つけられるはずです。例えばそれは、資金援助や医療技術の開発や情報発信かもしれません。

支援の現場に行けなくても、それぞれが担える役割を少しずつ持ち寄れば大きな力になるのです。だから、ぜひその「歯がゆさ」を大事にして、自分の道を歩んでほしいと思います。

 
やすだ・なつき
フォトジャーナリスト。1987年、神奈川県生まれ。上智大学総合人間科学部卒業。東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で貧困や被災地を取材。2012年、「HIVと共に生まれる─ウガンダのエイズ孤児たち─」で第8回名取洋之助写真賞受賞。

著書紹介 
君とまた、あの場所へ シリア難民の明日
〈安田菜津紀著、1600円(税別)、新潮社〉

内戦によって、家族を、生活を、故郷を奪われたシリアの人々。残酷な映像や被害の規模ばかりがクローズアップされる中で、難民キャンプで出会った人々との交流を通して、彼ら一人一人の思いにフォーカスし、静かに寄り添うルポルタージュ。