ネットで検索すると「文学部は就職に不利」とのうわさが目に入るが、本当だろうか? 京都大学文学研究科長・文学部長の出口康夫先生に、就職先や文学部出身の人材の強み、社会に出てどう活躍できるのかなどを聞いた。(野口涼)

「対話」を通して成長

―文学部出身の人材は社会でどう活躍しますか?

論文を書く際には、問いを立て、それに対して一定の答えを探しだすという姿勢で研究を進めていきます。答えを探る作業の中で当初の見込みが狂い、新たに文献を集めてそれを読破する必要が生じることはままあります。問い自体を変えなければならないケースもあるでしょう。このような試行錯誤は論文執筆につきものです。

このようなジグザグのプロセスのベースにあるのは「対話」です。まずは「自分との対話」。少しでも「おかしい」と感じたら、それまでの考えを変えていかないといけない。次に、「人との対話」で、相手に自分の考えを批判してもらって気づきを得る。こうして養われた「相互批判を通じて自分の考えを鍛える」という習慣は社会に出ても力を発揮します。

例えば、職場では、企画のアイデアを検討しあう機会も多いでしょう。出されたアイデアの問題点を指摘する際にも、単なるアラ探しをするのではなく、「どこにその原因があるのか」までを考えて指摘する。問題点を構造化した上で、その原因を除去し、問題を解決する代案を提案する。このような復元力や洞察力に富んだ姿勢も、論文執筆の過程で養われます。

文学部で身につく力

―どの職業についても、考えを言葉で適切に伝える力は重要ですね。

考えたことをうまく伝えるには、「良い文章」で表現しないといけない。良い文章とは、気取った文章、いろんな難しい言葉が入った難解な文章ではなく、「単純で平明で誰でもわかる」文章です。文学部で良い文章を書く力が身につけば、社会に出ても大きなアドバンテージとなるでしょう。

「文学部は就職に不利」ではない

―「文学部は就職に不利」という話を聞いたことがありますが、実際はどうなのでしょうか。内向的な人が多いイメージを抱く人もいます。

就職活動には面接がありますから、コミュニケーション力がものをいうケースもあるでしょう。コミュニケーション力は個人の属性であって、出身学部とは無関係です。実際、文学部の学生を見ても、コミュニケーション力がある人もいれば、苦手な人もいます。結果として、文学部には必ずしも内向的な人が多いわけではないと思います。

もちろん、内向的なことは決して悪いことではありませんし、就職に際しても全く不利ということもないと思います。システムエンジニアや校閲者など、コミュ力とは異なる資質が求められる職種も多々あるのです。

上で述べたように、文学部で身につけた論理的思考力と知的な言葉を駆使する能力は、どこにいっても通用します。特に企画系の仕事にはうってつけでしょう。

言葉を扱う仕事に強み

―文学部を卒業した学生はどんな仕事をする人が多いのか、具体的に教えてください。

上で述べたように、知的な言葉を駆使する仕事・職種に向いていると思います。具体的な就職先はコンサル、メーカー、金融、公務員など千差万別ですが、出版社などのマスメディアに就職する人も多くいます。

京都大学文学部卒業生の就職先の例

―修士課程、博士課程には約何割の学生が進学しますか。また、卒業後はどんなところに就職しますか。

京大文学部の場合、学部の卒業生の3〜4割が修士課程に進み、さらにその半分が博士課程で研究者を目指します。「文学部で修士に進んだら就職できない」という話ももはや都市伝説で、修士修了生の就職先は学部卒と変わりません。

 

出口康夫(でぐち・やすお)

1962年大阪市生まれ。大阪府立茨木高校卒、京都大学文学部卒、同大学院博士課程修了。研究分野は、近現代西洋哲学、分析アジア哲学。近年は、「できなさ」に基づいた人間観・社会観として“Self-as-We”(われわれとしての自己)を提唱。著書に『京大哲学講義 AI親友論』(徳間書店)など。2024年4月より京都大学文学研究科長・文学部長。