幸いにも私たち若い世代は戦争を体験していません。だからこそ、戦争の悲惨さや罪深さについて進んで学ぶ必要があるのではないでしょうか。高校生記者たちの「平和教育」体験を聞いてみました。

戦争被害が大きかった地域での平和教育

国内でも特に戦争の被害が大きかった地域では、積極的に平和教育が行われているようです。

被害の大きかった地域に住んでいるから学べることがある

広島県民として毎年平和学習してきた

私は広島で生まれ、育ってきました。原爆が落とされた県として、私が過ごしてきた学校では平和学習をしなかった年はありません。

最も印象に残っている平和学習は、被爆者の方のお話です。想像を絶するほど悲惨なものばかりでした。被爆者の高齢化が進んでいる今、直接お話を聞くことができたのは貴重な体験だったと思います。(いちごみるく=3年)

原爆被害を受けた市の住民として

私は実際に原爆の被害を受けた県に住んでいるので、小学校1年生から毎年「総合」の時間に平和教育を受けてきました。

1年生の頃に見た東京大空襲のアニメがトラウマで、少し苦手でした。4年生の頃戦争の資料館、慰霊碑巡りに行き、被害の様子を知りました。小学校高学年から中学校にかけて、世界で起きている現時点での諸問題について学習し、「戦争」というよりも「平和」について考えました。

高校生になって、他の市の人に小中学校での平和教育について聞いてみました。ですが、どの市の学校も私たちみたいには学んでいなくて驚いたのを覚えています。(めておーら=2年)

住んでいる市と戦争の関わりを調べた

自分の住んでいる市がどのように戦争に関わっていたか調べる学習が印象に残っています。

市役所に終戦記念の石碑が建っていたり、毎年平和展が開催されていたりしてました。調べてみると、私たちの市は第二次世界大戦などに大きく関わっていたことを知りました。教科書などで学習しても「どこか他人ごと」のように思えた戦争を、身近に感じた瞬間でした。(ピーナッカ隊長=3年)

語り継ぐべき戦争体験からの学び

戦争の体験を伝えてくれる「語り部(かたりべ)」の話や、戦争の爪痕が深かった地域を訪れて学ぶことも多いようです。

直接話を聞いた経験が高校生の力になる

語り部の言葉が忘れられない

小学校のとき、語り部の人を学校に招いて行われた集会が印象に残っています。

私の祖父からも話は聞いていたけれど、涙ながらに「武力による争いからは何も生まれない。私の母が目の前で亡くなった先に成り立ったような平和では意味がないから、同じ過ちだけは繰り返してはいけない」という語り部の方の声を、7年たった今でもはっきりと覚えています。(甘党信者ゆーの=2年)

修学旅行で訪れた広島で学んだ

中学生のとき、平和学習の一環として修学旅行で広島に行きました。資料館など、地元にいたら見たり聞いたりできないことやものが多くあり、貴重な体験になりました。(すあ=2年)

琉球大学の学生と戦争について議論

私は中学生の頃沖縄に修学旅行で行き、琉球大学の「がちゆん」というプロジェクトに参加しました。

琉球大学の学生たちと「戦争はなぜ起こるのか」や「戦争が起こらないために具体的には何ができるのか」などを話し合いました。「戦争はいけない」という理想論だけではない、深いところまで考えることができました。米軍基地の恩恵と負の両方の側面も教えてもらいました。(ソワレ=3年)

自分なりに「平和」について考えを持つ

戦争を題材にした物語を読んだり、作文を書く授業を受けたりした経験を持つ高校生たちがいました。

「昔の話」と無関心にならないことが大切

戦争をなくすためにはをテーマに作文

印象に残っているのは、小学校で書いた「戦争をなくすためには」というテーマの作文です。

歴史を学ぶと、いつの時代にも争いは起こっているので、人間がいる限り戦争はなくならないものだと考えています。この意見を先生に伝えると「それでも、何か方法はあるでしょう」と言われました。

大人さえわからない答えを子どもに求めるのは無責任ではないかと当時は思いました。ですが、今となれば平和について考える機会が大切だったのだろうと考えています。(Haly=3年)

「ちいちゃんのかげおくり」で知った戦争の残酷さ

小学生のときに読んだ「ちいちゃんのかげおくり」という、国語の教科書に掲載されているお話が印象的でした。

自分と同じくらいの年の子が戦争という状況をよく理解しないまま天国へ旅立っていった様子が描写されていて、幼いながらに「かわいそう、怖い」と感じたことを覚えています。無邪気な子どもまでもが犠牲にならないように、平和を守っていくことの大切さを感じました。(マリーナ=3年)

「いのちの授業」を受けて

私は小学生のときに受けた「いのちの授業」というものが印象に残っています。この授業は「自分の命も人の命も大切にする」という平和学習で、担任の先生がさまざまな身近な話題を出し、「そう思う」「どちらかといえばそう思う」「どちらかといえばそう思わない」「思わない」の4つに分かれて、みんなで意見を出し合うというものでした。

身近なことから命について考えられたので、理解しやすい平和学習でした。(manami=3年)