第8回ネット小説大賞を受賞した話題作『辰巳センセイの文学教室』は、高校で起こる事件を、日本文学を手がかりに解決していく小説です。著者の瀬川雅峰さんは、現役の高校国語科教員です。どうやって小説を生み出したのか教えてもらいました。(高槻官汰)

本って面白いと感じてほしい

―瀬川さんの小説『辰巳センセイの文学教室』は、読めば日本文学に興味が持てると話題です。どのような思いで執筆されたのでしょうか。

とことん面白くて、読んだらすごく勉強になる小説を書きたいと思って執筆しました。この小説を夢中になって読み終えた読者が「次も本を読んでみようかな」と言ってくれたら、それこそ国語の教師としては成功だと思っています。

辰巳センセイ(右)とヒロイン

―現代文の得意・不得意や学年に関係なく、全ての高校生の知的好奇心に応えてくれる小説ですね。

ありがとうございます。実はその点はすごく気を遣って書いています。

本が苦手な子でも「本って面白いな」とか「教科書にこんなことが載っているんだ!」という風に言わせたかったんです。

小説の6割は高校での実際の体験

―学校で指導された経験は、今回の小説に反映されているのでしょうか。

実は、部活動の場面や先生同士のやり取りなど、今回の小説の約6割は体験に基づいていて、残りのフィクション部分と組み合わせています。自分が20年以上、先生という仕事をしてきて、先輩から教わったことや手に入れたノウハウをたくさん盛り込みました。

小説の6割が体験に基づいている(写真はイメージ)

それに、生徒指導の際の寄り添い方も体験がベースです。「指導する=しかる」ではないんですよね。もちろん、生徒が明らかに悪いことをした時にしかるのは必要です。でも、それだけではないことの方が多い。

まずは生徒の話を聞いて、表情や感情を観察してから、次の言葉を発するべきだと思うのです。

―だから、小説中の辰巳センセイは、生徒を初めからしからず「追加講義」という形で生徒指導をするのですね。

そうです。辰巳センセイがしている指導の趣旨は、リアルな生徒指導とあまり変わりません。そこに日本文学を絡めていますね。

「舞姫」がきっかけ、視点を広げてほしい

―小説のアイデアはどうやって思いつかれたのですか。

以前から『舞姫』という作品への評価が、読者の視点――主に性別によって違うのが面白いなぁと感じていました。それがアイデアのきっかけです。

そうした視点の違いに目を向けると「こういう捉え方もあるよね」と、新たな視点に気づく。物事を新しい枠組みで捉えて、考えられるようになる。

文学の見方を変えることで生まれる気づきと成長を鍵にした、人間ドラマを書きたいと思いました。さらにミステリーの要素も織り交ぜて、エンターテインメント性を高めています。

深みを持った読書体験をぜひしてみて

―受験生たちはこれから本格的に入試へと向かっていきます。ぜひアドバイスをください。

現段階で、どんな問題が出されるか予測したり、ヤマを張ったりすることは難しいでしょう。だからこそ、基本に戻るしかないと思います。結局、どんな問題にも対応できる基礎力があるかが問われてきます。

まず、もう受験を見据えている時期の人へのアドバイスです。どんな問題を解いても、結局は、試験の間に示される限定された情報を正確に読み解くという所に行き着きます。

さまざまな問題に対応できるようにするには、ある程度の問題演習をこなしながら、自分の思考するスピードを上げること、注意深く読み取る精度を上げることをしなくてはなりません。

注意深く読み取る精度を上げて

地道に努力した分だけ、スピードや精度は向上します。努力した結果は裏切りません。しっかりやった分だけ力がついていると信じて勉強してもらえたらと思います。

次に、まだ受験まで時間がある人に対してですが、まずは本好きでいてほしいと思います。自分が知らないジャンルの本を読んだり、図書館を探検してみたりしてください。

本好きになってあなたが読んだ物は裏切りません。必ずあなたの力となって戻ってきます。受験に限らず、あなたの人格や一生をつくる力になります。幅広い読書を「楽しく」してください。

現役高校教員で小説家の瀬川さん

【取材後記】現代文は今を生き抜く上で大切な科目

私は昨年度まで高校生だったのですが、今回の取材で、現代文を学ぶことは思考力や人格形成などさまざまなことにつながってくると学びました。

現代文の学びは教科の垣根を越えて活かせる実用的なもの。高校生が今の時代を生き抜く上で大切な科目になってくると感じました。

「自分自身のことをよく理解した人間になるには、先輩や先生から話を聞くことが有効である」。瀬川さんの言葉です。私にとって今回の取材は、人生の先輩である瀬川さんからお話を聞く貴重な機会になりました。今回の取材で学んだことを活かして、今後の大学生活を豊かなものにしていきたいです。すてきな出会いをありがとうございました。

 

辰巳センセイの文学教室

(上下巻、各税込792円、宝島社文庫)

高校の国語科教員である辰巳祐司と円城咲耶をはじめとする登場人物が繰り広げる人間ドラマを描く。時に恋愛模様あり、時に涙あり。高校で起こるさまざまな事件を「日本文学を読むこと」で解決していくミステリー小説。辰巳センセイの授業を受けることで事件解決へのヒントが見える、読めば日本文学に詳しくなれる話題作。