新型コロナウイルスの流行で部活動の制限がある中、夏季埼玉県高校野球大会で優勝を果たした狭山ヶ丘(埼玉)野球部。主将の正高奏太君に、どのように野球の練習に取り組んだのかをインタビューした。(文・写真 高校生記者・中澤彩恵=3年)

離れてるからこそ部員にこまめに連絡

―2月末、突然の休校が宣言されたときどう思いましたか?

夏に先輩から代が変わり、はじめはまとまりがなく勝てないチームでしたが、冬の走り込みやウエイトトレーニングを通じて成果が出るようになっていました。そんな中、突然の休校だったので驚きました。 

狭山ヶ丘高等学校野球部、正高奏太主将

―休校期間、活動はどうしていたんですか?

部活ができないので、ひたすら走り込みをしていました。体力だけは落としたくないと思ったためです。

また、主将として、部員とはこまめに連絡をとるようにしていました。休校期間に気持ちを切らさないように、気を配っていました。

―では、ボールを使った練習などは?

同じ市内に住んでいる部員と連絡を取って、公園でキャッチボールなど、少しボールを使った練習もしました。しかし、公園では他の人の迷惑になるわけにはいかないので、十分な練習になったとは思いません。

普段なら遠投で90メートルほどの距離を投げることもあるのですが、そのようなことはできませんでした。

甲子園予選決勝
 

やっぱり野球が大好き

―そのような休校期間の練習を通じて気付いたことはありますか?

やはり、自分は野球が好きなんだということを強く実感しました。

野球を十分にできない期間を経験したことで、今までできていた野球が当たり前ではないことを知り、野球ができていたことがどれほどありがたいことか痛感しました。

―気付きを得る期間でもあったんですね。休校が解除され、練習を再開したときはどうでしたか?

休校期間も連絡を取り合っていたおかげで、スムーズに気持ちを一つにすることができました。しかし、なんといっても大会まで時間がない。マスクをつけての練習は、声が届かず苦労することもありました。

気付いたことはすぐ共有

―そんな中、県大会で優勝という結果を出せた秘訣を教えてください!

「やり切るしかない」と腹をくくったことは大きかった。埼玉県大会で優勝するという明確な目標を定めて、それに向けてできることを全力でやるというスタンスです。

具体的な行動としては、練習の前後にミーティングをして、気付いたことはすぐ共有するようにしました。言いたいことをしっかり伝え合うことで、信頼関係も築けたと思います。

練習の前後に必ず行ったミーティング

―優勝して変わったことはありますか?

試合はテレビでも放送されていたので、それで顔を覚えてくれた方が、駅とかで声をかけてくれることがありました。優勝という形で、今まで支えてきてくれた多くの方に恩返しをすることができたので、とてもうれしかったです。

 

TEAM DATA

1960年野球部創立。部員数は60人。チームスローガンは「執念」。